JR東日本大人の休日クラブを利用する年齢になって5年、年数回の会員サービス

4日間乗り放題17、000円切符を利用して1200キロの冬の旅を半額でしてきました。

サービス開始を待って1月24日上京、東京駅八重洲地下街で昔から変わらず営業している

「酔心」にて5人での1年振りの同級会に参加、古希を過ぎた話題は健康に収斂し年々酒量は

減少し、毎年全員揃っての再会に安堵するようになりました。

東京駅は昭和40年の就職役員面接での国債発行の質問、最初の9年間の本店勤務の想い出に

繋がり、訪れる都度、東京駅周辺の変貌振りに感慨ひとしおです。

 2時間足らずで、4人と別れ、第二の目的である88歳義母の見舞いのため18時過ぎの

山形新幹線に飛び乗り3百キロ余り先の米沢駅に降り立ち、この日550キロの旅が終りました。


 イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 イメージ 5

イメージ 6  
 
  
山形新幹線は福島駅で仙台方面の東北新幹線から切り離され、広軌レールになった奥羽本線を

走行すると程なく雪に埋もれた板谷峠を越えることになります。福島と山形県境にある

標高2千メートルの吾妻連峰が米沢に大雪をもたらしていますが、この山々のお陰で、原発の

放射能を阻止されてます。積雪60センチの米沢は例年の半分と少なく、雪掻きの手伝いを

するまでもなく助かりました。毎年冬前に庭木などの雪囲い作業は雪との闘いの始まりで、雪掻き

と並んで男衆の大事な仕事になってます。

 昨年の米国駐日、キャロライン・ケネディ大使就任に伴い、米沢藩主9代・上杉鷹山(ようざん)

が再び脚光を浴びています。

「なせば為る 成さねば為らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」の鷹山公の名言は

農民を大事にし、質素倹約の下、殖産興業を奨励し藩政改革を成し遂げた史実は現代に

十分通じるものがあります。県知事先頭に同大使を米沢への招致活動を行っているとのことです。


 イメージ 7
 
 イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

 3日目には米沢から山形に移動し、30年前に6年間勤務し、お世話になった方々を訪ね

貴重なお時間をいただき感謝いたしました。次男が生まれ3歳まで育った山形市は特別な

想いがある街で、駅隣接のメトロポリタン山形に宿泊し山形市内を一望に見渡せる8階の

客室から、いろいろな出来事を想い出しながら時の経つのも忘れ眺めつづけ、癒されました。
 

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18


 4日目の1月27日は山形駅を10時過ぎに山形新幹線に乗車し、大宮駅で長野新幹線、

長野駅で特急しなのに乗り換え、松本経由で大糸線中萱駅まで6百キロを6時間の長旅

で帰宅し、ドックカフェに預けていたシーズー犬「レオ」を引き取りました。

3泊のストレスに「レオ」もさすがに疲れた様子に心配しましたが、我慢していたのかガツガツ

と餌さを食べ、正常な便を日に5回もし、元気を取り戻しつつあります。

イメージ 19

イメージ 20