例年にない速さで満開となった国宝・松本城の桜を4月9日観に行ってきました。

3月31日同じく国宝の姫路城の満開前の桜を足早に観てきましたことは、前回のブログで

お伝えしましたが、別名白鷺城と言われるのに対して松本城は烏城然と黒が基調の対照的な

様相で比べて写真をご覧下さい。桜の他庭の花壇の開花に合わせ、小生の春の農作業も始まり

多忙の日々が待ち受けております。


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兵庫県・鳥取県の旅の最大の目的は、次男・智昭の足跡がある鳥取砂丘を訪ねることでした。

3月31日は前夜の宿泊地の小京都・龍野を早朝発ち、姫路城を駆け足で見物後、午前11時

過ぎ姫路駅を発ち午後1時前に鳥取駅に降り立ちました。

県庁所在地にありがちな喧騒さがなく、落ち着いた街との印象でしたが、次男の足跡の街

との意識が先立ち、寂しさも入り混じった気持ちもたぶんに影響したと思います。

鳥取砂丘にはタクシーで20分余りで辿り着きましたが、車中、運転手さんは小生の希望に

添い鳥取城を経由で色々説明してくれましたが、鳥取市の人口は何故か答えて

くれませんでした。毛利方の鳥取城は標高263mの久松山の山頂と山麓に広大な城郭を有し、

2万の大軍を率いた羽柴秀吉が非戦闘員を含め3千4百名を壮絶な兵糧攻めにしたことでも

知られています。

到着した鳥取砂丘はドンヨリした曇り空の下、想像を遥かに越えた規模で眼前に現れ

二人して二つの大きなうねりの砂丘に向かい、無言でじっと見つづけました。

4年余りの間の念願が叶い、妻は惹かれるように、一つ目の砂丘を下り、二つ目の砂丘を

無言のまま歩きだし、40分余りで、二つ目の砂丘の頂に二人して立ち、眼前の日本海を寂しさに

安堵感が入り混じった感情で見渡しました。    


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最終日の4月1日は早朝から快晴、6時に一人で湯量豊富な温泉付で、ゆったりした客室に

満足したJA系の「ホテルモナーク鳥取」をそっと抜け出し、県庁に隣接する鳥取城に向かいました。

戦時中の鳥取大地震で損傷した城壁は見事に復元されていて、石垣だけが残っている城郭ですが、

かえって往時を偲べ万感胸に迫るものがありました。

20分掛け、山上の天守閣跡に登り、昨日歩いた鳥取砂丘等の眺望をカメラに収め早足でホテルに

戻りましたが、城壁上で早朝の散歩されている古老の呟き「古くは秀吉の兵糧攻め、戦中の

鳥取大地震と戦後間もなくの鳥取大火ですっかり駄目になってしまった!」が耳に残ったまま

8時間掛け安曇野への帰路に着きました。


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