中仙道の宿場町として栄えた木曽福島の県立木曽青峰高校を訪ねること3回目の
23年2月20日毎年恒例のインテリア科生徒作品展示即売会に行き、今年は10時過ぎの
入札に間に合い安曇野から車で1時間半かけてきた甲斐がありました。
1500円の椅子と1000円の小物入れを獲得でき、次男の美大同期卒業生N先生が受け持つ
生徒さんの屈託ない笑顔と暖かく清々しい人柄を合わせ引き当てた思いがし、幸せな気持ちに
満たされました。N嬢は今月3月で2年勤められ、絵画などの展示会場で生徒から
慕われている様子が窺われ都会にない教師と生徒の関係を垣間見ることが出来ました。




古民家をレストランに使用し、料理シェフ、料理も一流、古き良き日本と西洋が一体となった
不思議で落ち着く空間に癒されますので、是非お薦めいたします。
町中も、他の中仙道の宿場町とちがった趣があります。










つい最近になって、次男が美術予備校・埼玉美術学院でお世話になり1月の松本市美術館
での次男・智昭絵画遺作展にアトリエがある千葉県外房、いすみ市から遠路お越しいただき
当時の次男の様子をお教えいただいた中田先生がご帰宅早々の1月10日にご自身の
ホームページに掲載いただいてることに気付きました。
二人して引き込まれるように拝読し、次男の油彩の描く様子や絵画から伝わってくる次男の
メッセージを読み取ることができることが分かり、絵画の中に次男が生きているのだと改めて
思えました。中田先生に感謝の意味を込め、ホームページを転載させていただきました。
中田和彦氏ホームページ 「中田和彦」で検索して「Kazuhiko Nakata Artist official site」
を選択してクリックして下さい。
それでも絵画は生きる
2011年1月10日月曜日
2011年1月10日月曜日
予備校講師時代の生徒である中山智昭が逝去し2年が経つ。
ご両親と学生時代の友人同士とで企てた遺作展「ネムリ」が彼の故郷である松本市美術館
で行われた。
彼がが大宮にある美術予備校へ、長野から上京してきたのが2000年。
私の父親も同じ長野出身ということもあり、親近感から当時のことをよく覚えている。
都心からはかなり離れた閑静な住宅街にその小さな予備校はあった。
私もそこで学び、大学に進んでからアルバイトで講師をしていた。
学生達はアットホームな環境で日々絵画制作に励んでいた。
美大受験で行われる実技試験は僅か6時間で乾燥に時間を要する油絵の具を使用し、
描き上げなくてはならない。
受験生は6時間程の授業時間の中、毎日1枚のペースで2月の受験に向け1年間
ひたすら制作を続ける。
気付けば大学に合格するまでに自分の部屋に置き場がないくらいキャンバスがたまり、
紙に描いたデッサンを重ねた厚みが膝の高さにまで達したと成果を誇ったりする
くらいの数の作品が貯まる。
こうして彼の自室に埋もれていた作品を、ご両親はじめ学生時代の友人とで
陽の目を浴びさせようと、額装や制作年の調査等の地道な作業を経て、
今回の遺作展の実現に繋がった。
作品は一点一点ご両親による絵の解説がこまかく書かれている。
作品から画家である息子の意志を読みとろうと隈無く絵画を観察したことが
伝わる文章だ。
予備校時代の作品からも、画中に描かれたモチーフがあの頃の記憶を呼び覚ます。
絵解くということ。
絵画から画家の意志を読み取り、画面に向き合っているであろう画家の姿を想像し、
そして筆の痕跡から息づかいを感じとる。画家の観ている景色。対象への興味。
時には対象にだぶらせた寓意、画家のメッセージに耳を傾ける。
その声は、小さい。ほんとう静かに絵画の中へ入り込み、そっと耳を傾けなければ
聞こえこない声。
予備校の夏休み、帰省した彼は高校のときの制服を着て自画像を描いた。
鏡の前に佇み、母校の制服を着て視線を向ける自画像。
今の自分と過去の自分。
時間は取り戻せないが、絵画の中なら過去に自由に行き来できる。
過去の落とし物を拾いに行ったのか、彼は少しだけ時間を遡りこの自画像を描いた。
力強く確かな筆勢で描いた若々しい姿の中には、彼の意志の強い眼差しがあった。
絵画を描くことで、記憶を紡いでいく。
恍惚とする景色に出逢った記憶もあるだろう。
過去に戻り修正したい過ちだってある。
絵画はもう一つの人生でもある。
画家が最も大切にした人生の記録。
修正してでも残しておきたかった大切な景色だ。
いつまでも絵の中で、彼の人生は生きている。





お会いした方、17名の美大卒業同期生からも温かい癒されるお言葉を数々
頂戴しました。
男性の方からのお手紙を代表してご紹介させていただき合わせて感謝申し上げます。
掲載させていただくことを、お許し下さい。
(美大同期男子卒業生からのお手紙)
ご両親の新聞の取材に対してのコメントどおり「中山くんは、形を変えて生きていると思う。」 私もそのことを思います。」
美術館での展示の時も、彼の性格から「勝手に展示とかして・・・。」
みたいな、ぶっきらぼうな表情を浮かべているんだろう。でもその後で、少しはにかんだ笑顔
を僕らに見せる彼の姿を思い、胸にこみ上げるものがありました。
まんざらでもないような(最初は嫌がるそぶりだけど)、いつもの中山君があの場所に居た
気がします。
僕ら大学の同級生も、それぞれの道を歩み、昔のように顔を合わせる機会は少なくなりましたが、
顔を合わさずとも、「みんな、その人なりにやっているんだろうなぁ」と思い日々
過ごしています。
残念ながら、中山君とは面と向かって顔を合わすことは叶わなくなってしまいましたが、
他の同級生のように、どこかで、「あいつはあいつでがんばってんだろう。」みたいな
感覚で思ってしまいます。
会うことはできないけれど、どこかで生きているような・・・
何かの映画か、小説か忘れましたが、
「人はいつ死ぬと思う?」
という問いに
「人は忘れられたとき、死ぬんだ。」
というセリフが、あったのを想い出しました。
ちょうどそんな気持ちです。忘れられない限り、人間の存在は、生き続ける。
今回の展示や、みんなが集まったのを見て、そのことを強く思いました。
