前回ブログ更新が2月1日、1月遺作展に出展した油彩2点を次男の卒業高校に
寄贈が2月4日、その後これまでの疲れがどっと出て、胃腸炎で点滴を受けようやく
コーヒーを飲めるようになったのが、昨日2月11日でした。
36年前の1975年、昭和50年2月11日の良く晴れた日にお見合いし、以後毎年のように
「なんで夫の自宅が見合い場所に決まったの!なんで電車で座った時腕組みしてたの!その姿を見て
見合いは断わろうと思ったの!」と妻から言われる記念日です。
昭和49年のオイルショックでガソリン価格がリッター50円が3倍の150円にもなり、
休日はガソリンスタンド休業、西武が開発した上越の苗場国際スキー場に、
自家用車トランクにガソリンを入れた1斗缶をリュックサックに隠して行ったものでしたが、
今思えば危険極まりないことでした。
給料が1年で2回、3回も上がるという超インフレの時代で、現在はその反対のデフレで
ご承知のとおりの暗い時代に生きていることになります。
昨日から今日にかけた降雪は15センチになり、今シーズン初の雪かきを連日しました。



地元テレビ放送のSBC、新聞社の信濃毎日、読売、中日、市民タイムスの取材をいただき
1月の美大同期卒業生との合同遺作展に引き続き、「命の大切さ。家族・社会との絆の大切さ。」
を訴えることが出来たと思っております。
特に教育現場である松商学園高校には自死した次男の遺作を永く展示いただける意味の
大きさ大切さにはあらためて感謝いたしました。
油彩を受領いただいた金井校長は当時の次男の副担任をしていただいたことを知らされ
驚きました。さらに国語の授業の一環の全校百人一首大会で、次男が優勝しプラスアルファー
の成績を得たのも金井先生のご指導でしたことも合わせお教えいただけました。
次男は遅刻回数が学年トップで必死にプラスアルファーを求めたのだと思います。
加えて、遺作展会場の松本市美術館建設に松本市企画部長時代に尽力された現在の
松商学園の高橋常務理事が遺作展に来場いただき、絵画の寄贈の打診をいただいた縁には
不思議なものを感じております。
多くの方々とのご縁とご協力で遺作展が実現し、絵画寄贈に結びついた不思議さには
何回も何回も驚いている次第です。
2月11日には絵画寄贈記事の掲載が2月10になった読売新聞より新聞が郵送されてきました。
遺作展と合わせた記事になってますので掲載します。ご存知とおもいますが、記事にカーソルを当て
て右下蘭に拡大のマークを出し、これをクリックしてご覧下さい。
石田道行氏に作成していただいた複製画です。ほとんど区別が出来ないくらい質感を出すのに
苦労されました。

次男がじっと眺めていたカトレアで、今年は厳冬のせいか、命日の2月4日に開花しました。

今のところご主人様は妻になっており、レオも良く心得ています。






