遺作展4日目の朝、安曇野には3センチの積雪があり、レオを最小限の散歩に留め急ぎ出発。

松本市美術館までの10キロの道路は雪の影響のため多少渋滞したため、10分遅れて

遺作展の開場となりました。

武蔵美の吉祥寺時代卒業の大先輩、遺族会世話人、10年前絵画の道半ばで旅立ったご子息

ご母堂、など多くの方々に貴重なお話をいただけ、小生と妻からも次男から得た経験を

お話し、涙と癒しに浸ることが出来ました。特に10年間心の病と闘ってられるご子息のご母堂

より「精神科医、心理療法士、宗教、には頼れないことが分かりました。」とお話いただいた

時は、お返しする言葉もありませんでした。つくづく非力を痛感いたしました。

次男が旅立った後、仏教、キリスト教の宗教にも癒されることに気づくようになっていましたので、

ご主人を亡くされたキリスト教徒の方からは「神は人々に耐えられない苦しみまでは与えません。」
 
と励まされました。前述の方のお話とダブり、今後時間を掛けて何か道がないものかと考えて

いきたいと思いましたが、答えがないかもしれません。

前日につづき、写真家石田さんに撮影していただいた智昭遺作を掲載いたします。



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  1999年 アクリル画

高校3年の美術授業での自画像。 
   
    同級生から「画家になれ!」と言われ、美大

    に 進むきっかけの一つになったと思います。  
    
現在は智昭の部屋に飾り、朝夕に語りかけてます。



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  2001年 7月 自画像 油絵

美大1年の夏休み帰省時、松商学園高校

   時代の制服を着て2日間で描き上げ、

   親としても遺作の代表作と思っています。



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   2000年 予備校時代 油絵

   背後の母親に見守られる脇で青年が横た

   わっている珍しい構図で、母親に甘えたい

   自分の気持ちを描いた作品と思うと涙します。



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   2000年 3月 静物 油絵

   美大予備校・松本アートセンターに2週間
  
   学び、その時、先生の指導の下、初めて

   描いた油絵。