1番キツかったのは歩くと痛く、右足を踏み込む度に激痛が走ってた
正月3日がピークで辛かった
それで分かったことは私には闘病記は書けない事
有名無名に関わらず、亡くなられる1週間位までプログを更新される方がいる
凄い意志だと思う
…が、私には無理
さて、ここからが本題になる
最近聞いた話
男性40代前半、自宅で腹痛で苦しむ
(あとに腸捻転と分かるが)6時間耐えて救急車
痛みで七転八倒というけど、彼は痛みで動くことも横になることも出来ず、うずくまったまま
湘南鎌倉病院を希望するも、
「無理、そんな時間はない!」と緊急手術
手術中に心肺停止
その時の看護師などの声が聞こえていたという
「心肺停止です!」
何の感覚もない中で、聴覚だけが生きていて
AED の電気ショックの音も聞こえてたそう
意識が戻ったのは2日後
「三途の川とか、お花畑とか、光が見えるとかそういうのは見た?」
と聞いたら
「何にも見なかった」
との事
勿論、色々な推測は可能だろう
記憶と言うものは実は曖昧なモノだろうし
彼の聞いた看護師達の言葉も実はその手術中の心肺停止時ではなく、2日間のどこかで聞いた話かもしれない
…かもしれない、…推測の域を出ない
日常、あまり考えない「死」
正月2日に遊びにきた孫が3日の朝
鼻血を出したり具合の悪い私を見て
「私が30になるまで死なないで」と
「○〜ちゃん(私のこと)が死んだら1番悲しいのは私だから」
とか言ってた
中学生の彼女にとっては 30 は遠い未来なんだろうな
そんな事もあり、なんとなく考えてはみたけど
勿論、誰も何も分からない
分からないままで目の前の生活を送る
自分なりの最善を尽くして今を生きていく
高齢になると少しずつ、何かしら出来ないことが出てくる
でもまだまだ出来る事も沢山ある
誰もが同じ通る道
光と陰があるものならば光の側面にフォーカスしていきたい
今日も剪定鋏片手に小さな庭に出て、バラを見て鋏を入れる
それは私にとっては確実に光の側の行為
庭遊びの出来る幸せ
野良仕事と称して土と戯れる喜び
ほんと、ここまで読んでくれてありがとう
あまり意味のないこと書き連ねてた