私は日本育ちのデンマーク人、そしてビジネスマンです。ビジネスマンと言っても現在実は無一文の貧乏人です。どういう事?と多くの人に聞かれるのだが、不思議がられても仕方が無いだろう。無一文という事はビジネスマンじゃない!という人もいればどういう事か説明をして欲しいという人もいる。そんな事有り得ない、矛盾している、冗談だ、と思う人も。しかし実際そうだ。
個人的にはかなりビジネスが上手だと考えている。こういう発言自体日本人はしないだろうけど我々外国人はする。これは文化の違いである。威張っている訳では無い。冷静な自己評価なのだ。特に今後何をしたいかと考えた時に「自分はビジネスマンである。ビジネスで成功する自信がある!」と思えば今後進む方向はそれなりに決まるから便利である。
では、ビジネスマンであるという自信はどこからくるのか。無一文では無かったのか?確かに無一文である。しかし過去にいろいろとビジネスに挑戦して来た実績がある(ちなみに一部「波乱の人生」で取り上げている)。その実績とは何か。
最初に私が首を突っ込んだのは水無小便器だった。これは今から12年前になるのか、2000年頃の事。当時、水無小便器というのは日本では全く知られていなかった。アメリカの会社が対日輸出を検討し始めていた程度だった。しかしTOTOやInaxがいる中、何故海外の便器が売れると思うのか。多くの人から馬鹿にされた。
当時大使館員だった。つまり外交官身分を持っていた。1998年に就任し、任期は2002年9月末までだったのだが、僕の可能性を見抜いていた大使は是非正社員(つまり任期が無く今後固定した大使館職員になるという意味)になってみないかと誘われた。当時の大使には気に入られていて大使は4年の任期が終わった後僕がどうして生活するのかを心配して提案してくれたものだった。しかし、水無小便器の商売の面白さに目覚めてしまった僕は大使からの提案を断り自分の商売の道に走った(今振り返れば当時の提案を受け入れ同時並行で水無小便器の仕事をすれば良かったと思うのだが、まぁ、それは後から考える事で当時はその案が思い浮かばなかった)。
水無小便器の商売は最初は相当上手く行った。トヨタに入り、日本道路公団に入り、JRや私鉄、最大手ゼネコン5社のうち3社、三越、高島屋、甲子園、マクドナルド、すかいらーくやその他数えきれない会社に取り敢えずテスト設置するところまで辿りついた。歩合を兼ねた契約をしていた僕は大成功を収める一歩手前まで来ている事に確信を持ったところまで行った。しかし、しかし、そう上手くは行かなかった。
とあるトラブルからこのビジネスはあとかたも無く消えてしまった。詳しくは「波乱の人生 後半」に記載致します。自分は何一つ出来ず、今世紀のビジネスと見ていた商売が跡形も無く消えて行って行くのを見るのは非常につらかった。
まぁ、そういう経験をして一端自分が掛けた資金はすべて消えて行ってしまった。しかし一端トップに登りかけたたしかさ、その味は忘れるものではない。トップに上り詰めた時にどのような事をするのか。当時は良く考え夢を描いていた。自分の夢では無く、世の中を変える夢だった。自分の為の夢というのは高い車を購入し、良いアパートを買い、面白い経験をするという事が多いのだろうけど、私の夢は違う。勿論自分中心の夢はあるけれども、それは後の事であり、まずその前には世の中を変えるという夢がある。特に日本の労働環境を変えたい。何故なら日本の労働環境は一般の労働者が望んでいる労働環境ではないからである。そのため、日本の一般の労働者が望んでいる労働環境にしたいという夢がある。その夢の実現方法も既に考え抜いているが資金が必要なのだ。ビジネスに成功すればそれは夢では無くなり現実に近付いて行く。
いずれにしても一端雲の上に届きそうだったのが、完全に崩れた。当時の彼女と相談し結婚し新しいビジネスを立ち上げる事にした。しかし当然新しいビジネスと言っても、一ヶ月や2カ月で立ち上がるものではない。相当の時間が掛った。確実に売り上げは伸びて行ったものの彼女は待ち切れなかった。一端単身赴任を強いられ四国に引っ越した。四国からどうやってビジネスを立ち上げるべきなのか迷いつつも東京からよりははるかに効率の良い輸入ビジネスを立ち上げる事に成功した。ここでいう成功は売り上げと利益が伸びたという事であるのだが、彼女は待ち切れず離婚を強いられた。
離婚という事は結局ビザが無くなるという事でもあり、結局は成功しつつあった会社を畳んでデンマークに戻らざるを得なかった。短時間で二度目の「倒産」というべきなのか。いずれにしても成功していたはずビジネスを畳んでデンマークに戻った。
福祉国家デンマークでは何と一円も失業手当が下りなかった。海外生活が長かったお陰で外国人扱いだった。デンマークも相当落ちたもんだと思ったが仕方なく初日から一からの出直しで会社を立ち上げた。通訳やら何やら出来るものをやって日銭稼ぎをしながら日本庭園の営業の仕事を取った。最初営業として取って来た物件は3億円の物件だったが、見事取って来た。しかし日本の企業に約束された歩合は入ってこなかった。単純に騙されたとした良いようが無い。約束の半分の歩合であり、約束の20倍の仕事を強いられた。結果生活は出来たものの次のビジネスに投資する資金は全く作れず時間だけが過ぎて行った。
私の人生はこのような事の繰り返しだ。手を付けるものは必ず売れる。しかしなかなか自分の取り分が入ってこない。今、人生を考えている。日本の物で海外に売れるものは沢山ある。今までの人生で私の目が狂っていた事は無い。確かである。しかし何事もビジネスは資金が必要である。資金さえあれば日本の物を海外に広める事は出来る。広めさせて欲しい…既に最初の商品は決まっている。何年か前にJETROの企画で出会った素晴らしい日本のデザイナーの製品である。彼の製品をきっかけに日本の物を海外で売っていきたい。ただ、海外で売ると言っても、日本のデザイナーさんにどこと組むよりも沢山の利益を生み出す方法で売りたい。仕組みは全部出来ている…あとは資金のみ…
世の中、資金無しでは何も出来ない。いくらアイディアが良くても、いくら世の為になるとわめいても、資金がなければ良いアイディアは死んでいくものである。。。
僕はビジネスマン。資金の無いビジネスマン。


この本では海外の就職活動を中心にアドバイスを取り上げますが、ヨーロッパで就職するという事は日本で就職する事とは大きく異なります。海外は日本とは異なり、言葉が異なるだけでは無く、常識や習慣、宗教、男女関係、礼儀、治安など、日本とは大きく異なる点が多いでしょう。異なるところが多いからこそ、憧れの的になる場合も少なくないでしょう。ヨーロッパに行く前から出来る限り知識を身につける必要があり、前もって知識を身につけておけば、現地の人や現地の文化とより深く触れる事も出来るでしょう。