自由や平等を掲げる日本国憲法は3日、施行から77年を迎える。都市と地方の暮らしに大きな不平等が生じ始めていないか。北海道内の現状を追う。(3回連載します)

 4月上旬、紋別市中心部近くの一軒家。雪解けが進む庭先を幼いきょうだい3人が駆け回っていた。ひときわ大きな声ではしゃいでいたのは次男の救太(きゅうた)君(9)。「救急車の中で生まれたから」。母親の川崎右芽子(うめこ)さん(31)は目を細め、名前の由来を語った。
■救急車の中
 2015年4月24日、出産予定日は3日先だった。だが「おなかの奥が絞られるような激痛」は家族と訪れていた紋別市内の携帯電話ショップで突然始まった。
 通院先は車で約1時間離れたオホーツク管内遠軽町の遠軽厚生病院。「病院までもたない」。右芽子さんは陣痛の間隔からそう感じ、救急車を呼んだ。
 車内で四つんばいになり痛みに耐える中、病院と連絡を取り合う救急隊員の切迫した声が聞こえた。「車内で産むのは危険だそうです」。隊員は産道から出かかっていた新生児の頭を懸命に手で押し戻した。
 隊員の処置にもかかわらず、救急車内に産声が響いたのは病院まであと10分の距離だった。同乗していた右芽子さんの母親は新生児の首に絡まったへその緒を解き、小さな身体を腕の中でタオルにくるみながら病院到着を待った。
 自宅近くの広域紋別病院にも産科はある。だが医師や助産師不足を理由に初産の妊婦やリスクを伴う出産には対応していない。身長141センチの右芽子さんは骨盤が小さく危険と診断され、妊娠後期に遠軽厚生病院へ転院を求められた。
 救太君は現在9歳。健やかに成長するわが子と暮らす中、右芽子さんは今も当時を思い出すと心がざわつく。「私と赤ちゃんに異変があったらどうなっていたのか」
 4人目も欲しいとは思うが、簡単に決断はできない。「田舎は安心して出産できない。『どこで産もうか』と病院を選ぶ権利は都会の人にしかない。全然平等な社会じゃない」。自らが置かれた環境に憤りを感じることもある。
■命のリスク
 日本の医療は、医師がどこでも自由に開業できる「自由開業医」を原則とする。開業医が患者の多い都市部に集中する中、採算性の低い地方の医療を担ってきたのは公的医療機関だ。
 だが政府は2014年に病床数を見直す「地域医療構想」の策定を各都道府県に要請。赤字体質の公立病院の再編を迫り、効率的な病院経営を促した。
 結果、過疎地の医療体制は縮小しているが、国の社会保障政策は「持続可能性」を大義に病院の経営効率を重視する風潮が続く。
 道内では医師不足や出生数減少で、分娩(ぶんべん)を中止する病院や閉院するクリニックが相次いでいる。道によると、道内で分娩可能な医療機関は71施設(23年度)。この10年で3割減り、半数以上が道央圏に集中する。

「少子化で収益が減っている産科は、総合病院の中でも立場が弱い。産科の再編や縮小が進めば、遠方の病院で出産を余儀なくされ、命のリスクにさらされる妊婦が増えてしまう」。小規模自治体で暮らす妊婦の遠隔健診に取り組む、小樽協会病院の黒田敬史・産婦人科部長(44)は懸念を強める。都会では救われる命が、地方では救われない社会は「あってはならない」と考えるからだ。
■格差広がる
 宗谷管内枝幸町の公務員辻未弓さん(33)は昨年11月、車で1時間半かかる名寄市の病院で長男を産んだ。町内に分娩施設はなく、月1~4回の妊婦健診は酪農家の夫が仕事の合間を縫って車で送った。
 1人目の陣痛がつらく、2人目は無痛分娩で出産したいと願うが、そうなれば3時間かけて旭川市の病院まで通わなければならない。「2人目は距離の問題で諦めかけている」。辻さんは表情を曇らせた。
 居住地によって妊婦が重いハンディキャップを負い、出産を諦める女性もいる現実。金沢大の横山寿一名誉教授(72)=社会保障論=は「人は住む場所を自由に選び居住する権利があるが、今は損なわれている」と指摘。「どこに住もうと生活の基盤を整えるのは国や自治体の責任だが、それを放棄して効率的な住み方を強要している」と話す。
 出産だけではない。都会と地方で医療や介護など受けられる公的サービスの格差は広がり続けている。今後、人口減少が加速すれば、地方はますます暮らしにくくなる。
 憲法は13条で個人の尊重、22条で居住の自由を掲げる。だが過疎が進む小規模自治体で暮らす人々に、それらの権利は十分保障されていると言えるのか。

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「自宅近くで出産できれば、どれだけ安心だったか」。3児の母の川崎右芽子さん(右)=紋別市=は、車で1時間先の病院に向かう最中に救急車内で生まれた次男の救太君を横目に、当時を振り返る

室蘭・日鋼記念病院、分娩休止へ 5月末 札医大が医師引き揚げ | 拓北・あいの里地区社会福祉協議会(仮) (ameblo.jp)

2024年5月1日 5:00(5月1日 6:57更新)北海道新聞どうしん電子版より転載