ともに札幌で青春時代を過ごし、少女漫画界の「女神」とも呼ばれるベテラン、大和和紀さんと山岸凉子さん。2人の代表作の原画を集めた「『あさきゆめみし』×『日出処(ひいづるところ)の天子』展 ~大和和紀・山岸凉子 札幌同期二人展~」が札幌市内で3月24日まで開かれています。初日の3月9日には2人による初めてのトークイベントも行われ、全国から約800人のファンが詰めかけました。トークや記者会見、展覧会の様子を報告します。(文化部 赤木国香)

カラー原画が並ぶ展示会場。繊細な色彩に来場者は息をのむ=藤井泰生撮影

同展は3月9日から24日まで、札幌市中央区の「東1丁目劇場施設」(大通東1)で開かれています。「あさきゆめみし」と「日出処の天子」のモノクロ原画計83点、カラー原画計45点が並びます。出版社が異なる作品による合同展は異例。カラー原画では繊細な色彩が堪能でき、モノクロ原画では、細かなペンタッチやホワイト(修正液)の使い方などが分かります。作者のコメントも添えられ、ファンは時を忘れて見入っていました。同展は、札幌市が漫画などポップカルチャーを活用した経済や観光振興を目指して企画しました。

モノクロの原画では細かなペンタッチが分かり、熱心に見入る来場者ら=藤井泰生撮影

 

大和和紀(やまと・わき) 札幌市生まれ。北星学園女子短大(現北星学園短大)卒。1966年にデビュー。代表作に「はいからさんが通る」「あさきゆめみし」「N.Y.小町」など。東京都在住。
 

山岸凉子(やまぎし・りょうこ) 空知管内上砂川町生まれ、札幌などで育つ。北海道女子短大(現北翔短大)卒。1969年にデビュー。代表作に「アラベスク」「日出処の天子」「舞姫 テレプシコーラ」など。東京都在住。


 2人は高校時代から交流がありましたが、合同のトークイベントは今回が初めて。2人とも一般公開の場に現れることは少なく、2人の会話を生で見られるのは極めて貴重な機会です。道内はもとより東京、関西、九州など各地からファンが駆けつけ、入場券は早々に完売。開場は午前11時でしたが、午前6時にはファンが並びました。一番乗りだった横浜市の会社員高橋美沙生さん(25)は「お二人の作品は、私の人生に大きな影響を与えてくれた。そのお二人を見られるなんて」と期待に声を弾ませました。

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開会が迫り、熱気が高まるトークイベントの会場。イベント自体は撮影不可だった=赤木国香撮影

 

この後は、北海道出身の2人が純和風の作品で人気となった理由などについて語っています


■仲の良さ感じるトークイベント
 登壇した大和さんはジレ(袖無しの長い上着)にタートルネックのセーター、山岸さんはパンツスーツといった装い。ともに淡いグレー系でそろえ、仲の良さを感じさせましたが、「偶然」なのだそう。漫画研究者のヤマダトモコさんを司会に、作品を解説しながら「北海道マンガミュージアム構想」(※注)への思いや札幌時代の思い出などを語りました。
※注 北海道マンガミュージアム構想 「北海道にマンガミュージアムを」と、大和さん、山岸さんが中心となって呼びかけ、北海道ゆかりの漫画家たちで始めたプロジェクト。3月現在、18人の漫画家が発起人に、12人が賛同者に名を連ねる。大和さんが発起人の代表を、山岸さんが副代表を務める。
 大和 「マンガミュージアム構想を始めたきっかけは、自分が好きな漫画家が北海道出身であることがとても多かったからです。なのに北海道の人はあまり知らなかったりする。もったいないと思い、山岸さんに『ミュージアムがあればなあ』と話したら、彼女が『それはやるべきよ』と力強く言ってくれた。私たちは所属の出版社が違うので、なかなか一緒に展覧会はできませんでしたが、今回は、札幌市とのご縁もあって実現できました。この展覧会が漫画の原画には力があるんだよという見本になれば」
 山岸 「無責任なことを言ってしまったなと、今、内心焦っています。ただ、他の北海道の漫画家さんたちのためにも、この構想が何とかうまくいけばいいな、と思います。私たちの展覧会が、ちょっとした先駆けとなればと願っています」

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会場には「マンガミュージアム」についての来場者の意見を求める山岸さん、大和さんのメッセージも掲示されている。この絵は山岸さんの手描きで、着色は大和さんという合作だ=赤木国香撮影

©大和和紀/講談社

「あさきゆめみし」 1979~93年連載。「源氏物語」五十四帖(じょう)を少女漫画の技法を用いて完全漫画化。今も古文の参考書的な存在として広く読まれている。

 

©山岸凉子/KADOKAWA

「日出処の天子」 1980~84年連載。聖徳太子を超能力者で同性愛者という大胆な解釈で描いた。本作で日本史に興味を抱いた人も多い。

 

■喫茶店で語り合った高校時代
 2人の出会いは高校時代。高校は違ったため、大和さんの父親が経営していた喫茶店などで会っていました。さっぽろ雪まつりのイベントのために来札した手塚治虫さんに2人で原稿を見せに行ったこともあります。
 山岸 「私の同級生が大和さんの隣人でした。当時、漫画を描いている人は周りにいなかったので、『同じような絵を描いている人がいるよ』と聞いて、紹介してもらったんです。大和さんの絵を最初に見た時は、びっくり仰天。すごく完成度が高くて。少女漫画ってこう描くんだって、やっと分かった。当時私はイラスト程度で、ストーリー漫画の描き方とか大和さんに教わりました」
 大和 「月に1回くらい会って、お互いに原稿を見せ合ってましたね。突っ込んだ漫画の話ができる人は周囲におらず、うれしかった。父の喫茶店ではネルドリップでコーヒーを入れていたのですが、山岸さんは紅茶を飲んでたな。彼女は当時、ミケランジェロの話とかも描いていた。『この人の発想、すごすぎる。この才能は絶対につぶされることがあってはいけない』と思いましたね」
■共通点は「乾燥系」
 その後、大和さんがデビューし、3年後に山岸さんが続きました。今回展示されている「日出処の天子」は飛鳥時代、「あさきゆめみし」は平安時代が舞台。北海道出身の2人が、純和風の作品で少女漫画の歴史をつくりました。

 

大和 「連載時期が重なったのは偶然だけれど、私たちには共通点がもう一つあるんです。それは乾燥した感じ、乾いた感じ。源氏物語ってドロドロしているんだけど、(私の作品は)『水気』が取り除かれてカラッとして読みやすいと言っていただいたことがあります。山岸さんの作品も大変ドロドロしてるけれど、彼女の乾いた細い線で描くことで、すごく飲み込みやすくなっている。これが重たい線の作家だったら、怖すぎて読みたくないと思うんです。私たちに共通しているのは『乾燥系』なんです。それと、北海道と本州とでは生態系が全然違うでしょ。竹林や瓦屋根といった(北海道にはない)日本の美しさには、大変憧れますね」
 札幌市などの集計によると、北海道出身や在住などゆかりの漫画家は故人を含め352人に上り、東京、神奈川、大阪に次いで全国4位。全国には多くの漫画ミュージアムがありますが、道内には漫画家を網羅するような施設はありません。
 大和 「『ルパン三世』(モンキーパンチ=釧路管内浜中町出身)や『ゴールデンカムイ』(野田サトル=北広島市出身)、北海道から、なぜこんなに多くの才能のある漫画家が生まれるのかな、と不思議に思います。もちろん冬が長いといったこともあるんでしょうけれど、北海道って昔から、農民画家など専門の芸術教育を受けていないのに素晴らしい才能が出てくる土地柄でもありますよね。なぜだか理由は分かりませんが」
 山岸 「こんな言い方をすると、怒られるかもしれませんが、入植地というか、次男坊や三男坊、本州などで食い詰めて新天地を求めてやって来た人が多いことも影響しているのかなと思います。かつての土地では生きていけなかった、ある意味はみ出した人たちだからこそ、描けるのかも。そうした意味では、自分も社会の中では、はみ出しているという意識があります」
 大和 「北海道は何もないところだからこそ、自由な発想ができるのかもしれないですね。ルパンもそんなところだからこそ生まれたのかも」
 トークは約1時間40分、行われました。大和さんは竹を割ったように明朗快活で、山岸さんは柔らかな印象ながら、随所で印象的な言葉を挟み、絶妙なコンビぶりを発揮。福岡県柳川市から来た会社員、武藤聖子(きよこ)さん(44)は「学生のころ飛鳥時代は山岸先生の、平安は大和先生の作品から学びました。お二人が話す様子が見られた上に、原画も本当にすばらしくて、北海道に来たかいがありました」と感激していました。
■展示と原画保存の両輪で
 トーク終了後には、別室で記者会見も行われました。

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トークを終え、記者会見に臨む大和和紀さん(左)と山岸凉子さん=赤木国香撮影

 

大和さんは「この組み合わせで展覧会、トークを実現できただけで私は本当に満足。幸せでした」、山岸さんも「舞台上で、お互いの作品をこんなふうに思ってるんだ、こんなところに気を配っているんだと話すのが面白かったですね」と満足そうに振り返りました。残念ながら、今後2人のトークの予定はないそう。大和さんは「1回きりだから貴重なんじゃないでしょうか。何回もあると飽きられると思います」と笑いました。
 2人のイメージするマンガミュージアムについて、大和さんは「展示場所、原画の保管場所があって皆が楽しめる場所になれば」、山岸さんも「私の理想は京都国際マンガミュージアム。図書館があって、展示もあって、すごく充実している」と話します。
 2人とも強調するのが、原画の展示と保管の両立。大和さんは「特にカラー原画の保管は難しい。色が飛んで(退色して)しまう」。山岸さんも「デジタル化して保存することも必要です。手間と時間がかかりますが。一方で原画はやはり違いますから、その保存も必要です」と話し、これらの役割を担うミュージアムの必要性を訴えていました。

展覧会会場前にある大型パネルで記念撮影をする来場者=藤井泰生撮影

 

同展は午前11時から午後7時まで。料金は一般1500円など。詳細は札幌市のホームページ(https://www.city.sapporo.jp/kikaku/shomu/popculture/asakiyumemisi-hiidurutokoro.html)へ

2024年3月17日 14:00(3月17日 15:56更新)北海道新聞どうしん電子版より転載

北海道にマンガミュージアムを! 発起人代表の「はいからさんが通る」作者の大和和紀さんに聞く<デジ | 拓北・あいの里地区社会福祉協議会(仮) (ameblo.jp)

 

北海道にマンガミュージアムを! 発起人代表の「はいからさんが通る」作者の大和和紀さんに聞く<デジタル発>:北海道新聞デジタル (hokkaido-np.co.jp)