農耕接触2026/01
庭から川の方へはみ出たケヤキの木を剪定
剪定した木はウッドチップにしてしまう。
枝をゴミに出すよりもウッドチップで
最終的に土に還る方が健全だ。
数年前に企てたウッドチップ防草作戦は
ほぼ防草されず役に立たない状況で購入した
ウッドチップは無駄?に終わった。
しかしながら土に還るという意味では
とても良いと思われる。
防草は防草砂の方が良いかも知れない。
そして
梅の木を剪定。
今年は1月初旬だというのに蕾も多く
もう花が咲いているものもあり
自宅の梅としてはかなり早い開花になりつつある。
■N■
マメツゲとドウダンツツジも剪定
今回ドウダンツツジは試験的に行った。
というのも毎年白い花が咲くが
剪定が悪い為に、花の多くが葉の中に咲いてしまい
見た目によろしくなく、この際に思い切って
刈り込んでみた。
何でもない自分(空)と在る自分
和田志の中に現れているのは
真空に導かれているせいかも知れない。
だから何となく執行草舟氏のいうことが
わかる状態にある。
執行草舟氏の日本人の美意識について
霊的過ぎでルシファー寄りでも
物質的過ぎでアーリーマン寄りでも問題だと
シュタイナーは語る。
その中間がキリスト意識で個々人の
生き方次第で今後のヒトの行き先が
安定するか不安定になるかが決定されてくる。
和田志の考察する霊はゼロポイントで揺らぐ
エーテル体で生命エネルギー
魂は動的なエネルギーでアストラル体に
呼び起こされるエネルギー
そしてシュタイナー的に捉えると
神は上(カミ)であり
そこには天使も含まれていて
日本で言えば八百万の神と捉えられ
シュタイナーが言うには
チャネリングしている神と言われている
ものの多くはもっと身近な
個人的な天使だと言っている。
であるから多くのチャネラーの言葉は
エンターテインメント的であり
鵜呑みにするのは危険がある。
特に最高神にアクセス出来るというのは
余程でない限り有り得ない様なのだ。
神仏の在ると無の視点を得たかも知れない。
部分的にはコーチングにも通ずる視点で
多くは神の在ると仏の無の視点を持っていない。
何故か邦楽洋楽問わずアルペジオの楽曲を
選曲しながらコピー。
作曲は完全に止まっている。苦行
社会的に繋がれる感覚と言えば
ミュージシャンとエフェクタービルダーとの
関係向上に進む方向か?
それにはもう少し演奏テクニックを
上げなければ相手に対して申し訳ない。
差異響統合対象象徴主義






































