先日、炎天下の中を
整体院に向かって歩いていました
ふと歩道に目を落とすと
日傘を差した自分の影法師の前方から
何やら丸い物体の影が近づいてきます
見上げると
ピンポン玉とテニスボールの
中間くらいの大きさの
空飛ぶ球体!
タンポポ(?)の綿毛が絡み合って
レース編みのボールのように
フワフワと漂っていたのでした
綿毛の一つひとつが大きかったので
タンポポではないのかもしれません
私の目の前を右から左へ横切り
歩道の脇にある花壇の土の上に
着地するのかと思って見ていると
また風に吹かれてフワフワと
大きな道路の方へ飛んでいきました
どこへ行くのか
風の吹くまま
ちゃんと土の上に着地して
発芽できるといいけれど・・・
なんて思ってしまう自分に
ちょっと苦笑い
だってあの綿毛の球体は
土の上に着地しなくちゃ!
なんて思ってなさそうだったから
なんとしても発芽しなくちゃ!
とも考えてなさそうだったから
風の吹くまま
どこへでも
すべてを偶然に委ねて
風に乗って揺らいでいただけ
アスファルトの上に着地して
そこで命を終えるかもしれないし
車のタイヤにくっついて
遠くへ運ばれて行くかもしれないし
近くの森まで飛んで行って
鳥に食べられるかもしれないし
どうなるかなんて分からない
どうなるかなんて気にしない
すべては風の吹くまま
どこへでも
いまは風に乗って
風と一緒に遊んでいるだけ
そう思ったら
心がふっと軽くなりました
土の上に着地して
発芽することだけが幸せ
なんて思ってしまう悪いクセ
自然とひとつになっている植物たちは
きっとどんなことが起きても
幸せなのでしょう
きっと幸福と不幸を
区別していないのでしょう
ふと人生を振り返ってみると
自分の「幸せ」を追いかけて
幸不幸の間で一喜一憂してきたけれど
結局のところ
風に吹かれて今ここにいる
だけじゃないのかな
って思うようになりました
だったら幸福と不幸を区別せず
風が運んでくるものを歓び
風に運ばれていくことを楽しみ
いつも幸せでいればいいのでしょう
お手本はいつも
自然が見せてくれている
ほら、肩の力を抜いて
大きな存在に委ねてごらん
善いとか悪いとか
意味があるとかないとか
優れているとか劣っているとか
あらゆる価値観を
そっと手放してごらん
まっさらな目で見つめ直すと
偶然がもたらす全てのことが
奇跡に思えてくるから
悟りたいって?
いま奇跡の中で生きているって分かれば
もう悟っているよ(笑)
それがすべて
それ以上でも
それ以下でもない
綿毛の空飛ぶ球体は
そんなメッセージを
私に届けてくれたようです
その日の整体の施術後に
先生が私に言いました
もう頑張るのは、終り!
うん、そうだね
これからは風の吹くまま
導かれるまま![]()
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