誕生日の朝、最初に目に留まったのは

前日に来ていたのに気づかなかった

LINEの着信

 

それは距離を置こうと思っている人から

送られてきた意図の分からない動画でした

 

送ってきた意図が分からないので

完全に無視することにしました

 

以前の私であれば

相手の意図をあれこれ考えて

イヤな気持ちを抱いたまま

対処法を思い巡らせていたでしょう

 

でも、今回は無視して放っておく

ことを自分に許しました

 

ああ、心に引っかかっていることが

外側に現れてきたんだね

 

対処しなければ!

という思考のワナに

囚われるのはやめよう

 

必要なときに必要なことが起きて

そのときちゃんと対処できるから

 

大いなる存在に丸投げして

静かに瞑想していたら

そう思えてきました

 

自分のイヤな気持ちに

ちゃんと気づいているときは

その気持ちに巻き込まれていない

 

その気持ちとの間に

距離ができているから

 

少し離れて見ているからこそ

その気持ちに気づけるのだから

 

その空いたすき間に

真我が働く余地が生まれる

 

自分の内側に

真我が働ける空間を

作ってあげる

 

その空間が広がれば広がるほど

真我は自在に働くことができる

 

こういった経験を繰り返して

真我とひとつになっていく

 

そのカラクリをはっきり感じた

誕生日の朝でした

 

するとそのイヤな出来事が

感謝の対象に変わっていきました

 

結局は自己嫌悪に

気づかせてもらったということ

 

イヤな気持ちにどっぷり浸ってもいい

 

でも、イヤな気持ちを感じたら

それを感じている自分に気づき

学びに変えていけばいい

 

真我という大いなる存在に

つながっていれば

 

どんな出来事がやってきても

それに巻き込まれずに

距離を置いて眺めることができる

 

距離を置くことができれば

真我が働く空間ができる

 

自分にできるのは

その空間を作ることだけ

 

後はどのようなことが起きても

真我の視座から眺めていればいい

 

どうしてこんな簡単なカラクリに

今まで気づかなかったのだろう

 

真我の視座に居続けられないのは

真我を信じ切れていないから

 

だから

不安に駆られて行動してしまう

 

これまでは頭であれこれと

考えすぎていたのでしょう

 

考えるのではなく

感じることに集中しよう

 

いま感じているものに

気づいていよう

 

そして自分が真我だと知っていれば

後はもう大丈夫!

 

そんな答えが返ってきました

 

朝のコーヒーを飲みながら

ようやく辿り着いた境地に

自分で自分を祝福していました

 

すると親しい人たちからの

嬉しい誕生日の祝福メッセージが

LINEに届いてきました ブーケ1手紙クローバー