今日はデンマークの保育園初体験の話です。
孫のT君は先週から保育園に通い始めました。
日本でも「慣らし保育」と言われるものがあるそうですが、デンマークの保育園にも約2週間の「慣らし保育期間」があります。
初めは両親のどちらか一人が付き添い、1時間半くらいの訪問から始まって、少しずつ時間を伸ばし、慣れて来たら親がいない時間も作り、次第に滞在時間を伸ばして日常生活に必要な目標の滞在時間に達せさせる、と言うのが慣らし保育期間で行われることです。
T君は、その「慣らし保育期間」2週目で、今週はママが地方に出張しなければならなかったので、月、火、水、と私が送り迎えを担当しました。
Tはもう1週間保育園に通ったベテラン?なので、今週になって保育園を初体験したのは、実はTではなく私の方でした。
保育園が一般的でなかった時代に日本で幼少時代を送った私は、自分で通ったことがないし、自分の子どもたちもデンマークで生まれ育ったけれど誰一人として保育園に通わせたことがないので、保育園実体験がありません。
そんな私でも、安心して子どもを預けられる、質の高い保育園は、共働きの家庭には必要不可欠な場所なことは良くわかります。
紙の上では待機児童ゼロを誇っているデンマークです。
申請しておけば、仕事に戻る時に、赤ちゃんを預ける場所がなくて困るってことは規則としてありません。
でも、保育園にも色々あって、評判がいい所もあれば、そうでもないところもあります。
メディアにはあまり良いことが書かれたことがないデンマークの保育園なので、親たちは慎重に選びます。
T君を私が預かるようになったのは、嫁の産休が終わった時、行かせたいと思っている保育園に席がなかったからでした。
もし私が預かることが出来なかったら、Tは希望の保育園に席が空くまで、臨時に空席がある別の保育園に通っているところでした。
空席がある、すなわち不便?設備が不十分?評判が悪い?ちょっと怪しい保育園かもしれません。
待つこと2ヶ月半、ようやく席が空いてT君が通い始めた保育園はコペンハーゲン中心部にあります。
1890年に建てられた、古くてとても大きい建物の中にあります。
この建物、元々「孤児院1870」と言う名称のデンマーク最初の孤児院のために建てられたものだそうです。
当時、貧困層の間では、口減らしのために子どもをお金と引き換えに他人に預けると言う取引が普通にされていたそうです。預けられた先での子どもにも対する虐待も珍しいことではなかったようです。
1869年、酷い仕打ちを受けた一人の子どもの記事を新聞で読んだ未婚のRosalie Petersenは、アパートの一室を借りて子どもを預かる決心をしました。それが孤児院の始まりだったそうです。
「お金のためでなく、子どものために、子どもを預けられる場所がある」
噂は広まって、初めは4人だった子どもの数はどんどん増えて行ったそうです。
手狭になり、引っ越しを繰り返し、最終的に、心ある資産家や一般市民の支援で、1890年、今の場所に孤児院が建てられたそうです。
赤ちゃんを預けたい人の中に、若い未婚の女性が多いことに気付いたRosalieさんは、1年間母親も一緒に預かり、授乳させたり、家事や手仕事をさせ、女性の自立を助ける教育をすると言うパイオニア的な仕事もされたそうです。素晴らしいですね!
孤児院だった建物は、今は公立のこども園になっています。
保育園と幼稚園が同じ建物の中にあり、名前は彼女に因んで「Rosalie」と言います。
安全安心のためだけど、コードを押さないと入れない重い鉄のドアを開けて中に入ると、暗〜い玄関があります。
ガラス張りだけどこれまた重くて、取っ手が高〜いところについているので子どもには絶対開けられないドアを開けて入ると、大きな広間があります。
このホールはガラスの天井まで吹き抜けなので比較的明るいです。
3階建てで巨大な施設です。保育園と幼稚園を合わせて、0歳から6歳までの160人の子どもが通っているそうです。保育園は6部屋に分かれていて、1部屋には12〜14人の幼児がいるそうです。
それぞれの部屋に入るにはこれまた重い鉄のドアを開けて進んで行きます。
階段を上がっていくと、また高いところに取っ手がついたガラス戸があって、保育の部屋があります。
(刑務所みたい!)
……と言っても刑務所も入ってみたことないけれど……
Rosalieさんごめんなさい。それが私の保育園の第一印象でした。
でも、T君はもう慣れたもので、場所を知っているらしく、保育士さんに言われた通りに、上着を脱がして名前のついた棚に掛け、上履きを履かせてあげたら「こっちだよ!」と言わんばかりに自分の部屋のある黄色いこれまた鉄のドアの方にハイハイして私を案内してくれました。
到着したら、まず手を石鹸で洗って、皆んなバラバラに登園だけど、ある程度集まったらテーブルを囲んで歌を歌ったりするらしく、私は指示通りT君を決められた椅子に座らせました。
日本で「保育園の保育士さん」と言うと、エプロンかけた優しいお姉さんってイメージがありますが、T君のお部屋の担任の保育士さんは、熟年で、スラリと背が高く短髪で、ハキハキとした口調、自然な権威を持った、どちらかと言うと学校の先生のような方でした。
初日は(1時間くらい居るのかな?)と思って行ったら、15分も経たないうちに「はい、もう大丈夫、お帰り下さい」と言われました。
それだけ、T君は慣れてきているってことなので、後は先生にお任せしてサッサと退席することにしました。
先生に言われた通りにバイバイと両手を振るT君でした。
朝8時15分に連れて行って、午後お昼寝しておやつを食べた後14:30〜15:30分の間に迎えに行く、と言う3日間でした。
保育園が始まるなり、何かのウイルスにやられたT君は3日とも鼻をズルズルさせていましたが、先生は「大丈夫、皆んな鼻ズルズルだから」と気にも留めないようす。
でも、実はよーく観察していて、熱もこまめに測っていて、本当にこれはまずい!と言う時は、容赦なく両親の元に電話がかかって来て30分以内に迎えに行かなければならないらしいです。
第一印象は「刑務所」だったけれど、印象が「一昔前の学校」に変わりました。学生アルバイトのような若い子もいたけれど、一目で保育士さんと見分けがつく方々は皆、可愛い、優しい、と言うよりはサバサバとした印象の方々でした。印象が変わったのは建物に見慣れたというより、キビキビ働く保育士さんたちによるものでした。
今までは試させたこともなかったのに、ごく自然のことのように、いきなりコップから、一滴も溢さずに水を飲み干したT君の姿を見た時は、本当に感心させられ「わー凄いすごい!」と叫んでしまいました。もう少し月齢が上の子たちを見て真似して覚えたようでした。
大きな施設なので、設備が整っていて、キッチンでは毎日、保育園の園児のために有機食品で作られた温かい昼食が用意されます。
厳つい建物とは対照的に、お庭はとても伸び伸びとしていて、自然や自然の素材が生かされた遊具で構成されているようでした。
はじめはがっくりした建物自体の印象も「刑務所」が「一昔前の学校」に変わり「効率的でなかなかいい所かも?」で終わりました。今でも私はあまり好きではないけれど、パパとママもTも全く気にならないようなので、私の好みなどは問題ではありません。ママとパパの仕事場にも、アパートにも近くって、これほどいい場所は他にないんです。
まだ13ヶ月になったばかりだけど、ママとパパに協力して毎日出かけることになった孫。慣らし保育のお手伝いができて、Tの新しい仕事場を知ることができて、本当に良かったです。
今後も私の協力が必要な時があるかと思われます。
その時は喜んでまた行きたいです。