●ケーシー高峰さん
医者モドキの白衣をまとい、卑猥(ひわい)なネタでもサラリと笑いに変え、「グラッチェ」「セニョリータ」と怪しげなラテン語を織り交ぜたお色気医事漫談で人気といえばこの人、ケーシー高峰さんだ。住まいは福島県いわき市。福島第1原発事故復旧の最前線基地がある。ケーシーさん、いまどうしているのか。
「ケーシーさんとこはね。ご本人が在宅なら庭に旗が揚がってっから、一発わがっぺよ」
いわき湯本温泉・スパリゾートハワイアンズから車で約10分の泉・小名浜地区を見下ろす住宅地。近くのスーパーで教えてもらった区画に行くと、緑・白・赤のイタリア国旗を掲げた瀟洒(しょうしゃ)な邸宅を発見。アポなしだったが、ケーシーさん、快く迎え入れてくれた。
「ラッキーだねぇ。昨日まで1泊2日で北海道の利尻島に講演に行ってて、帰ってきたばかりなんだ。利尻町の社会福祉協議会主催で、お年寄りに病気の早期発見・早期治療の必要性を漫談で話してきた。しかし、ボクも気がつけば77。励ましに行ったのに、逆に励まされちゃったよ。それにしても、バフンウニやら魚はうまかったね。ただ、美女のアワビには縁がなかったな、セニョール、ハハハ」
リラックスした姿のケーシーさん、こういってニヤリと笑った。6年前に発見された舌がんは見事克服したようだ。
「すっかり良くなってさ。まさに“舌”好調だよ。月に3、4回、高座や講演をこなしてる。ホント、全国からお声がかかるってありがたいよね。とくに口腔関係の医師会とか学会には“歩く臨床例”なんていわれて、毎年呼ばれてるんだ」
手術以来、ご飯が進み、白衣はLLから3Lに。
「今やダイエットが課題」だそうだ。それにしても、なぜイタリア国旗が?
「いわき市で暮らし始めて今年で24年。仕事先と自宅をイッタリ、キタ~リしてるからイタリアなの、ハハハ」
●「気がつけば77。励ましに行ったのに、逆に励まされちゃったよ」
さて、あの3月11日午後2時46分、仕事先の東京からJRで午後2時頃戻ってきたケーシーさんは自宅のリビングでくつろいでいた。
「そしたら、いきなり地鳴りとともに揺れて揺れて。ママ(夫人)は庭に逃げたけど、ボクはビックリして座ったまま固まっちゃったんだ。食器棚から飛び出してきた食器が目の前でガッチャンガッチャン割れて、リビングはアッという間にグッチャグチャになった。生きた気がしなかったよ、ホントに」
海岸から4キロほど離れていて、自宅に大きな損害はなかった。しかし、ライフラインはすべてストップした。
「40キロほど離れた阿武隈山地のホテルに2日間避難し、13日に戻ってからは原発が爆発してもずっと家にいる。だけど、家でジッとしててもしょうがないでしょ。で、近所の人と協力し合って市内の避難所に炊き出しに行ったり、支援物資を届けてるの。行けば、“きょうの炊き出しは?”“面白い話してよ”って喜んでくれるし。いわきや浜通りの人たちにお世話になってきたケーシーの恩返しだよ」
福島第1原発から約50キロ。近隣からは小さな子供たちの姿がめっきり減ったという。
「放射性物質の問題で、どこかに避難しちゃったんだね。でも、ボクはヨウ素(他所)には行かない。死ぬまでいわきに住み続けるよ」
10月に「いわき芸術文化交流館」で復興イベントを予定している。
「小名浜生まれの世界的名指揮者、小林研一郎さんをスペシャルゲストに、マギー司郎、のいる・こいるなど知り合いの噺家(はなしか)、ジャグラーに声をかけてるんだ。それに向けてテーマ曲も作ってる。タイトルは『ガンバルンバいわき』。みなさん、夏休みはぜひ、いわき市に遊びに来てよ」
(日刊ゲンダイ2011年7月29日掲載)
医者モドキの白衣をまとい、卑猥(ひわい)なネタでもサラリと笑いに変え、「グラッチェ」「セニョリータ」と怪しげなラテン語を織り交ぜたお色気医事漫談で人気といえばこの人、ケーシー高峰さんだ。住まいは福島県いわき市。福島第1原発事故復旧の最前線基地がある。ケーシーさん、いまどうしているのか。
「ケーシーさんとこはね。ご本人が在宅なら庭に旗が揚がってっから、一発わがっぺよ」
いわき湯本温泉・スパリゾートハワイアンズから車で約10分の泉・小名浜地区を見下ろす住宅地。近くのスーパーで教えてもらった区画に行くと、緑・白・赤のイタリア国旗を掲げた瀟洒(しょうしゃ)な邸宅を発見。アポなしだったが、ケーシーさん、快く迎え入れてくれた。
「ラッキーだねぇ。昨日まで1泊2日で北海道の利尻島に講演に行ってて、帰ってきたばかりなんだ。利尻町の社会福祉協議会主催で、お年寄りに病気の早期発見・早期治療の必要性を漫談で話してきた。しかし、ボクも気がつけば77。励ましに行ったのに、逆に励まされちゃったよ。それにしても、バフンウニやら魚はうまかったね。ただ、美女のアワビには縁がなかったな、セニョール、ハハハ」
リラックスした姿のケーシーさん、こういってニヤリと笑った。6年前に発見された舌がんは見事克服したようだ。
「すっかり良くなってさ。まさに“舌”好調だよ。月に3、4回、高座や講演をこなしてる。ホント、全国からお声がかかるってありがたいよね。とくに口腔関係の医師会とか学会には“歩く臨床例”なんていわれて、毎年呼ばれてるんだ」
手術以来、ご飯が進み、白衣はLLから3Lに。
「今やダイエットが課題」だそうだ。それにしても、なぜイタリア国旗が?
「いわき市で暮らし始めて今年で24年。仕事先と自宅をイッタリ、キタ~リしてるからイタリアなの、ハハハ」
●「気がつけば77。励ましに行ったのに、逆に励まされちゃったよ」
さて、あの3月11日午後2時46分、仕事先の東京からJRで午後2時頃戻ってきたケーシーさんは自宅のリビングでくつろいでいた。
「そしたら、いきなり地鳴りとともに揺れて揺れて。ママ(夫人)は庭に逃げたけど、ボクはビックリして座ったまま固まっちゃったんだ。食器棚から飛び出してきた食器が目の前でガッチャンガッチャン割れて、リビングはアッという間にグッチャグチャになった。生きた気がしなかったよ、ホントに」
海岸から4キロほど離れていて、自宅に大きな損害はなかった。しかし、ライフラインはすべてストップした。
「40キロほど離れた阿武隈山地のホテルに2日間避難し、13日に戻ってからは原発が爆発してもずっと家にいる。だけど、家でジッとしててもしょうがないでしょ。で、近所の人と協力し合って市内の避難所に炊き出しに行ったり、支援物資を届けてるの。行けば、“きょうの炊き出しは?”“面白い話してよ”って喜んでくれるし。いわきや浜通りの人たちにお世話になってきたケーシーの恩返しだよ」
福島第1原発から約50キロ。近隣からは小さな子供たちの姿がめっきり減ったという。
「放射性物質の問題で、どこかに避難しちゃったんだね。でも、ボクはヨウ素(他所)には行かない。死ぬまでいわきに住み続けるよ」
10月に「いわき芸術文化交流館」で復興イベントを予定している。
「小名浜生まれの世界的名指揮者、小林研一郎さんをスペシャルゲストに、マギー司郎、のいる・こいるなど知り合いの噺家(はなしか)、ジャグラーに声をかけてるんだ。それに向けてテーマ曲も作ってる。タイトルは『ガンバルンバいわき』。みなさん、夏休みはぜひ、いわき市に遊びに来てよ」
(日刊ゲンダイ2011年7月29日掲載)
「この記事の著作権は日刊ゲンダイ に帰属します。」
送料160円メール便発送可大きいサイズレディースミニスカートスカートデニムスカートボト... 価格:2,900(税込、送料別) |
いつでもどこでも女の子をアピール♪♪女の子も!男の子も!?みんなが大好きなミニスカートで... 価格:2,940(税込、送料別) |
サンダルやレギンス、デニンス色々合わせやすい♪hotsnap65%OFF!シップ&シンプルなデザイン... 価格:2,100(税込、送料別) |
4分32秒モデルダイエットDVD