必要とされなくても生きてていい | ソラの『幸せをいつも心に』

ソラの『幸せをいつも心に』

なりたい自分を目指し、日々の記録や気持ちの整理・吐き出しをしています。
メンタルクリニック、心理療法は1月11日に卒業し、そこで得たことを活かして、頑張って生きています。

「お前なんかいらない。どっかに行け。
消えろ」

こんな心の声と戦う日々なんやけど、

そもそもなんでこんな声が聞こえてくるんかなーって考えたら、
やっぱり幼いときの母親との関係があるなって。


リビングで母親と二人でいたとき、
私が何か悪いことをしたのかもしれないけど、
母親が無言で私を何度も蹴った。
そういう記憶がある。

私は、それが「嬉しいこと」と思った。
あぁ構ってくれて嬉しいなって。

でも、まぁ今考えると、そういうことやな。
普通に、捌け口やったわけで、
疎ましかったんやろなと思う。

私は存在を疎ましがられてた。
あー必要とされてないなって。



そんな記憶があって、
ずーっと「誰かに必要とされなければ」って思って生きてきた。
必要とされたい、
存在を許されたい。


でも、今の私は自分で自分を許せる。

必要とされなくたってええやん。
自分の人生ぜんぶ、自分のために使ったらええやん。

なんで「人のために」自分の人生をつかわなあかんの?

みんな結局は自分のために、人に優しくしたりするんやろ?

結局はみんな、自分のためにいきてるんやろ?


私は一人暮らしをして、自分の人生を手に入れた。


誰に必要とされなくても、
私は生きないとあかんし、
生きるには、労働やお金以外に
楽しみやリフレッシュが必要。



実家を出て、
人の期待に応えて、顔色を伺う
そんな世界から離れられた。



誰かを必要とする、
誰かから必要とされる

そんな息苦しい不自由な世界は、もう無理。


自由がいい。




誰に必要とされなくても、生きる。

誰にも必要とされたくないし、
必要としたくない。


やから、人と付き合うのは、浅くがいい。


やから人に興味がないし、どうしようとどう感じようとふ〜んって思うだけやし、
勝手にどうぞと思う。

逆も同じで、
私のことに触れられたくない。
ほっといて、と思う。



なんかもう、色々たくさん、嫌なことでかき回されてきた結果やから、
もうしょうがないかなと思う。


でもなぁ、
しょうがないかなと思っても、怒りは心の中に存在するわけで、

この怒りはどうすればなくなるんやろう?



親たちを罵倒して殴れば消えるんかなぁ



いや、たぶん、
感情を出すことをしないと。
怒って、泣いて、その感情を認めてあげること。
そうなるのは当然だよね、って、
そうすることで怒りは解消されるんやと思う。