消えろ」
こんな心の声と戦う日々なんやけど、
そもそもなんでこんな声が聞こえてくるんかなーって考えたら、
やっぱり幼いときの母親との関係があるなって。
リビングで母親と二人でいたとき、
私が何か悪いことをしたのかもしれないけど、
母親が無言で私を何度も蹴った。
そういう記憶がある。
私は、それが「嬉しいこと」と思った。
あぁ構ってくれて嬉しいなって。
でも、まぁ今考えると、そういうことやな。
普通に、捌け口やったわけで、
疎ましかったんやろなと思う。
私は存在を疎ましがられてた。
あー必要とされてないなって。
そんな記憶があって、
ずーっと「誰かに必要とされなければ」って思って生きてきた。
必要とされたい、
存在を許されたい。
でも、今の私は自分で自分を許せる。
必要とされなくたってええやん。
自分の人生ぜんぶ、自分のために使ったらええやん。
なんで「人のために」自分の人生をつかわなあかんの?
みんな結局は自分のために、人に優しくしたりするんやろ?
結局はみんな、自分のためにいきてるんやろ?
私は一人暮らしをして、自分の人生を手に入れた。
誰に必要とされなくても、
私は生きないとあかんし、
生きるには、労働やお金以外に
楽しみやリフレッシュが必要。
実家を出て、
人の期待に応えて、顔色を伺う
そんな世界から離れられた。
誰かを必要とする、
誰かから必要とされる
そんな息苦しい不自由な世界は、もう無理。
自由がいい。
誰に必要とされなくても、生きる。
誰にも必要とされたくないし、
必要としたくない。
やから、人と付き合うのは、浅くがいい。
やから人に興味がないし、どうしようとどう感じようとふ〜んって思うだけやし、
勝手にどうぞと思う。
逆も同じで、
私のことに触れられたくない。
ほっといて、と思う。
なんかもう、色々たくさん、嫌なことでかき回されてきた結果やから、
もうしょうがないかなと思う。
でもなぁ、
しょうがないかなと思っても、怒りは心の中に存在するわけで、
この怒りはどうすればなくなるんやろう?
親たちを罵倒して殴れば消えるんかなぁ
いや、たぶん、
感情を出すことをしないと。
怒って、泣いて、その感情を認めてあげること。
そうなるのは当然だよね、って、
そうすることで怒りは解消されるんやと思う。