広い社員食堂の端っこで。
不思議に思うことがある。
何人かで食べている人たちは、会話もなく黙々と食べている。
この人たち、なんで一緒に食べてるんやろ?
何のために一緒に居るんやろ?
話すことなかったら1人で食べればええやん。
というか、気まずくないのかな?
会話がなくて、なんで普通にご飯食べて座っていられるんやろう、この人たち。
というか、私はなんで不思議に思ってるんやろう?
って考えると、
あぁ、沈黙が怖いんやな、ってわかった。
会話の間や沈黙が怖くて、
相手が自分の思った反応をしてくれないと傷つく。
ということに気付いた。
会話って私にとっては怖いもので、
楽しむとか、仲を深めるとか、
そういうものではなくて、
面白いこと、気の利いたことを言って
自分を評価してもらうものだと思ってきた。
あんたとおったらおもんない
実際言われたことがある。
それからずーっと、
面白いことが言えなかった時、
言葉に詰まった時、
自分を責めてきた。
高校、大学時代が一番苦しんだな。
それでもううんざりして、
誰とも一緒にいたくなくなって、
会話を避けてきた。
今でも嫌だ。
誰かと話すとなると体がこわばる。
そしてまた、ダメだなぁ私は、と自分を責めてしまう。
まずそれを無くすことからや。
まず認めよう。
そして私は悪くないと、私を責めないように考え方を変える。
まずは過去から整理する。
誰かのせいならそうする。
やけど、これは今日帰ってきてからにしよう。
とにかく自分を責めない。
急に変えようとしなくていい。
長年苦しんだことやもん。
なんなら、人生でいっちばんデリケートで難しい問題に取り掛かろうとしているかも。
人との会話、
この中に恐怖や焦りや憎しみがてんこ盛りやもんな。
でも、きっと私ならなんとかできるはず。
今までだって色んなことを変えてこれた。
むちゃくちゃ嫌いで、死んでしまえ!って思ってた自分を、
今では好きだし愛しいし、頑張ってきたなぁって思えるから。
やから会話についても、
ちょっと楽しいやん、って思えるようになるかも
という希望を持って、
今日も1人でご飯を食べる。
前を向く視線は変わらない。
まぁこの問題は私の性格的なところもあるし、相手もあることやから
慎重にいきたいなぁ。
さて、自分をほめる時間。
お肌が綺麗になってきた!
時間をかけて作った大根の煮物がすごく美味しくできた!
私は1人やけど1人じゃない。
働ける体、心、場所があることに感謝。
私は欠けている、完璧じゃない、そうだとしても、もうすでに十分な存在なんや。
やから大丈夫。
そんな私で今日も生きよう。