すごく動揺している。
自分自身について、
大事な部分がわかった。
23歳のとき、毎日自分に死ねと思い続けていた。
なんで生きてるんや!
死んでしまえ!
って。
それは、罪悪感からきてたんやなってわかった。
親を、職場の人を、職場を紹介してくださった先生を
裏切ってしまった
その罪悪感が強すぎて、
自分を罰したかった。
罰することで、罪悪感を軽くしたかった。
消えろ、消えろ、消えろ、って、
自分の存在を否定し続けた。
他にも思い当たるのは、
私の今までの人生全体が、
罪悪感に蝕まれていたんだなと気付いた。
なぞの罪悪感。
たぶん、
存在すること自体の罪悪感。
これは、
親との関わりの影響が大きいだろう。
私は常に、
自分を見張り、戒め、失敗をしたら罰を与えてきた。
自己主張もせず、
周りが許す範囲でしか、楽しめなかった。
ずっと、罪悪感という重い鎖をつけ、奴隷のように生きてきたんだなって。
お菓子や、ジュースや、洋服や、娯楽、
色んなものを母は制限した。
私がねだると、汚いものを見るような目で私を睨みつけた。
そんな母の私への接し方は、
私の存在自体が罪なんだと思わせるには十分だった。
辛かった。
しんどかったなー。ほんま。
高校生のとき、自分を見張る自分に気付いたけど、どうしようもできなくて、
本当に息苦しい日々だった。
今は、その罪悪感から解放されてきた。
一人暮らしをしたから。
母や父から離れ、
自分の力で生きていくことで、
自分の存在を自分で大事にできるようになった。
私がお菓子を買おうと、服を買ってそれが気に入らなくて着なくても、電気を点けっぱなしにしていても、
私しか困らない。
あまりにも、親からの罪悪感に苛まれすぎた。
やから、今、一人でいることが本当に本当に気楽で自由で落ち着く。
私は他人といると、その人の期待にそわなくちゃ、
その人を幸せな気持ちにしなきゃ!
という強迫観念がおきる。
その人が言われて嬉しい言葉をえらび、
表情を作り、
そうすることで初めて、私の存在は受け入れられるんだと。
罰を受けなくても良いんだと、思える。
今でも、
他人の期待に添えなかったと感じるとき、
罪悪感という罰を自分に与えてしまう。
ただ、軽くなっている。
私は私のために生きている。
他の人を満たすのは私の役割じゃないし、そんな責任は無いんだ、
それがわかってきたから。
私は人生を楽しんで良いし、
たくさんの楽しいや、気持ちいいや、あたたかさや、安らぎを感じていいんだって、
自分にそれを許せた。
親と切り離すことができた。
だから、今はもう大丈夫。