最近は自己嫌悪もほとんどしなくなったし、
家族のことでもやもやすることも減った。
ピアノやプロ野球とか、趣味を楽しんで、
満たされている。
そういうことを話した。
そのあと、EMDRをした。
幼いころのことに目を向けてみる。
寂しい、ただ私を見て欲しい。
私がいることで母親が幸せだと思って欲しい。
1、2歳くらいの自分の姿。
悲しい。涙が出る。
私は邪魔なんだ。
私は迷惑をかけているんだ。
母親は弟の世話をしなければいけないから、私は我慢しないといけない。
お腹の中にいるころのこと。
母親は私に動揺の音楽を聞かせていたらしい。
胎児のころのことを探ってみる。
とても心地良い。
あたたかくて、穏やかで、気持ちがいい。
ずっとここにいたい。
母親のお腹の中は安心で安全。
これは記憶があるわけじゃなく、想像、感覚的なもの。
きっと、私がお腹の中にいるとき、母の周りの環境も良かったのかもしれない。
母親は私のために栄養をしっかりとって、安静にして、
私のために気を配って生活していたのかもしれない。
感覚的なもので、あくまでも想像やから真実はわからないけど、
私は満たされた気持ちになれた。
そして、人形。
きっとこれは、生まれてくる私だけのために、買ってくれたもの。
私は、この世に生まれてくることを歓迎されていた。
愛されていた。
私だけのことを考えてくれていた。
私は愛されなかったわけではない。
生まれて、そのあと弟ができて、辛い思い寂しい思い我慢をしなければならなかった。
それは、私が悪いからではない。
私に罪はない。
それはよく理解できた。
お腹の中のことと、「私は満たされている」
点数は変動がある。
のどが締まる感覚。
何かがある。
それは次回のテーマ。
最後に、私の一番好きな色が私を満たして、外側からも守ってくれる。
よし大丈夫。
で終わった。
疲れた。
緊張してたけど、
心地よさも感じられた。
でもまだまだ悲しい。
不思議やなぁ。
日常生活では完全に蓋をしてる悲しさとかが、滲み出てきて、
あーそんなことがあって辛かったんや、ってわかる。
小さい私は孤独で我慢して欲求不満で、生きる力が枯れている。
その自分を抱き寄せて、一緒にいてあげて、気持ちを受け止めてあげる。
辛かったよね、もう大丈夫、と言ってあげる。
これを繰り返し繰り返しやることが必要なんやなとわかった。