88歳になったディック・フランシスと息子のフェリックス・フランシスとの一作目より息のあった共作の2作目を読んだ。邦題は「審判」と訳されているが、原題は「Silk」と言い、法廷で着る法服「silk gown」をさしているのでは訳者は述べている。

例によって極めつけの悪人と、その暴力とそれに裏付けられる脅迫に怯えながらも毅然と立ち向かう主人公が出てくる。小説のプロットに立ち入らないが、いつもながら自分もそうありたいと思える主人公に会えるのは大きな喜びである。

ここにイギリスの人権の歴史に登場する「大憲章」(マグナ・カルタ)が背景の小道具として出てくる。すでに800年以上前に国王であったジョン王と貴族との間の約束事である。

この史実も要領よく説明され、多くの歴史的変遷の中で今は4つの条項が有効であることを示し、歴史を感じさせ教えてくれる。そして主人公は暴力に怯える証人に立ち上がることを諭すのである。

上記以外にもいろんなことを教えられる。イギリスでは刑事訴追される事件でも検察官と言う法律の専門家が弁論を行うのではなく、弁護士が訴追側と被告側とに分かれて争うと言う。

時に同じ事務所で両方を担当するようなこともあると書かれていて、これにはちょっと驚く。しかも臨時で判事をすることもあるというから、イギリスでは法曹一元化というのが実態でもかなり進んでいることが分る。

弁護士と言っても法廷弁護士のバリスターと事務弁護士のソリスターがあって役割分担することは知ってはいたが、実際の差はこの小説が分りやすい。バリスターの寄り合い事務所が(Chambers)と言い、名誉ある勅撰法廷弁護士はQueen's Counselという(もっとも王政ならKing's Counsel)と言うらしい。

主人公の苗字が「メイスン」であることは、「ESガードナー」で余りにも有名な米国の法廷小説の主人公「ペリイ・メイスン」のパロディと意識している。作者はいたるところでそれを使って、最後は本家のガードナーをもうならせるに違いない法廷ミステリーに仕上げている。

ディック・フランシスの小説には同じ主人公が何度か登場する作品がいくつかあるが、この主人公にもまた会いたいと思わせる。最後に主人公がした無理からぬ振る舞いを乗り越えて再会したい。