イジメ問題の解決策として、私は外界との接触を増やす事を推したい。

つまり、なにか習い事をしたり、アルバイトやボランティア等をしたり、転校してしまうのも1つの手だ。


学生の時(特に義務教育)は、学校というものが世界の全てのように思えるが、本当は学校なんてとても小さい社会なのだ。


その中で、自分が迎合されなかなろうが、実は大した問題ではない。

世の中には自分の事を嫌いな人間もいれば、好いてくれる人間もいる。

要はその好いてくれる人間に会える機会を、自分の手で増やせばいいのだ。


学生なら、やはりそれは習い事やアルバイトだったりするだろう。

自分と同年代の人間としか接した経験しかないのでは、人間的な成長も望めない。


学校には自分と同年代の人間しかいない。

もっと学校の外に出て、色々な人間に出会い、色々な経験をする事が重要だ。


一番いけないのは、学校でうまくいかないからといって、閉じこもってしまうことだ。

対人関係は、人と接しない限り、決して向上しない。


自分の殻に閉じこもるぐらいなら、まだ学校に行って、イジメられるのを耐えている方がずっと得るものがある。


1人で成長はできない。


もっと踏み出す事が必要だと思う。





イジメ問題の解決策として、「先生に相談する」という事を提案される方が随分おられる。

まず親に相談して、というのも、結局は親が先生に相談するのだから変わりはない。

「結局他人頼みかよ!?」と私はいつもツッコんでしまうのだが、確かに先生に相談するというのも効果的ではある。


では、相談された先生はどう対応するのか?
学校側の対応としては「調停」しかないと思われる。

当事者やその親を呼んで、第三者として話を聞き、調停するのだ。


ただここで問題なのは、まず「調停」に持っていけるかどうかという事。
次に、「調停」に持っていったとして、それが失敗した時に、学校側はもう打つ手がない事である。


他の調停(離婚協議や労働争議など)では、第三者(裁判所や労働基準監督所)は、調停が決裂したときに、第三者としての判断に「強制力」を持たす事が出来る。

それを守らなければ、法的に罰せられるのである。


だが、学校にその「強制力」を持たせる事は困難だ。

イジメた子を退学処分になど出来ないだろう。


調停で解決すれば良いが、それがうまくいかなかった時の手段が、学校にはないのだ。


では、イジメられた子はどうすればよいか?

次回に考えたい。




イジメ問題について考えたい。

そもそも、「イジメ」の実態はなんだろうか?

ご年配方は『イジメ=体育館裏でリンチ』のように考えがちであるが、現在のイジメは、肉体的な苦痛というより、精神面でプレッシャーを与えられる事の方が多いようである。

ネットで悪口を書かれたりとか、仲間内で陰口を叩かれるとか。


私は、イジメをなくす事は不可能と考える。

人間は、自分とは異質なものと出会うと恐怖を感じる。
自分というものが否定される気持ちがするからだ。

歳をとって、色々と経験を積めば、自分と違う人間がいて当たり前だし、違うからこそ面白いという事が自然とわかってくるものだが、その大人たちですら、職場でイジメがあったりするのだから、子どもにイジメはダメだといくら教えたって、イジメがなくなるはずがない。


誤解しないでほしいのは、私は子どもたちにイジメがダメだと教える事を無意味だと言っているワケではない。

そう教える事によって、ある程度の抑制効果は出るだろう。
ただ、完璧になくす事は不可能だと言っているのである。


そもそも、飲酒運転、覚せい剤、ポイ捨てにいたるまで、あれだけ厳しい罰や教育を与えたとしても、それを行う人間がいるのだ。

イジメにも同じ事が言えるだろう。


現在のイジメの一番恐ろしいのは、その「無関心さ」である。

別に話しかけてくれば、ある程度は応じるが、それ以上は一切ノータッチなのだ。


例えば班決めとか、そういったグループには誘わないし、クラスの集まりになんかも誘わない。


ただ、それを悪い事か?と問われれば、悪くはないと言うしかない。

大して仲の良くない人間をグループに入れたり、誘ったりしないのは、特段悪いワケではないからだ。

陰口だって、仲間内で言う事を悪いというのは、あまりにも偽善的過ぎる。


そこに現在のイジメ問題の根の深さがあると思う。


次回は、学校側の対応の問題を考えたい。