ストーカーについて。
自分の人生が、長くに渡りズタズタにされ、忙しいので…書かずに、書けずに来ました。
一つ一つの事柄をUPされている被害者の方々、みんな本当の事なのです。自分には分かるのです。
中には勘違いは勿論有るでしょう。
人によっては、どんどん物思い(‘妄想’などと書くのは失礼)に深入りしてしまっている方も居るでしょう。
でも、実際に有る事は、毎回同じ質の、同じパターンの事ばかりで馬鹿馬鹿しくもなりはしましても、「本当の事だから‘ご報告’されている」という、切実な話なのであります。
自分はどうやら、本当に、30年以上「親を介して」やられて来て居たという事が明らかになりました。
変な類いは…
「死ぬ迄反省は愚か、全く変わりません」
死ぬ迄、完全に「それ」は「悪くは無く、当たり前の事(態度)」という認識しかしませんので。
三途の川を渡れば、勿論永遠の地獄へ行くはずにはなります。
※タイトルには括弧を付けましたが…あえて何も書きませんでした。
「とりあえず」などと書くつもりだったのでは有りましたが…
「生きていたら○○○~」とか何とか書こうとして‥どう書けば良いのか分からなくなりましたので空白になりました。
初めから書いて来ていましたが、IDとパスワードが有れば、生きている限りはこのブログは止めず、残して行きます。
「アメブロからは去る」という事は有りません。
終わった時は…この世に居なくなった時になります。
アメブロ、インターネット、自分の平常心と、生存とネット利用可能な金額(ネットカフェが使えるだけでも可能になります)が有る限りはになります。
(今は、今日の常呂はケータイにてアクセスしています。)
集団ストーカーとか呼ばれる、訳の分からない、極めて異常で底無しに悪質な事から始まり、世の中は‘陰謀’に深く汚染され切り、完全に翻弄されていたのだという事迄、被害者の方々のブログやHPなどから教わり、知る羽目となりました。
ただ知るのではありませんでした。
人生観その物が、根底から変わりました。ずっと変わる方向になりました。
自分の精神は、死のうとも自分で有り続けなくてはなりません。
あらゆる角度から見た、自分。
生活から人生、DNAや脊髄も破壊さら続けてはおりましてま、冷静に、最大限「自分を「思いだし」、認識し続ける事が生きる事」に変わりは無いのですから。
時間も物も、出来るはずだった全ての事や、築いて来ていたはずの人間関係も。何もかも、「終わる事無く」破壊され続けるばかりではありながらでも、「自分を守り(維持し)続ける」事のみが、自分の生を続ける事にしかなりませんので。
どうしても。
こうした厄介極まり無く、「(現時点での)世の中の基準からは離れている」事変わり問題)に携わらなくてはならなくなったら、お決まりのパターンで「(一般的な)人からは離されて行き」ます。
そしてこちらからは、色々知りもがき考え尽くし続けていれば‥人の中身や、裏切り、レベルの低さなどばかりが頭に有る形になります。
「毛嫌いされたくはないから」と、自身のハンドルの切り方を、一般的な方へシフトするという事は有りますね。
それは結果的には、本質から目を反らし逃げていて、自分を裏切り捨てているのですが。
この“集スト被害”に遇いますと‥そんな‘選択’は出来なくなります。一生、そいつらが引き下がらない限りはなのです。
たまから滅茶苦茶な人生にはされ続けている訳になっているのではありますが、「‘真実’を模索するしかなく(解放されるには)、いつももがいている」事により、世間一般や人間の存在自体が、いつも見えて、大体分かってはいられてはいる訳なのではあります。
自分を捨て、裏切らなくては済む方向で生きられてはいる。不完全ではあっても、そう言える所にはなるのではあります。
人生はズタズタ、いつ迄も苦しめられている。
しかし、‘一般’とか‘世間’とか、人間自体について、いかに悪いか等々、いつも考察しながら認識してはいる訳なのではあります。
人とも、自分の中での人生も、丸で上手くなど行かなくてもです。
ただこんな事も、例え仕事のブランク等で時間は有るはずの時にでも、「書けずに来ていた」のではありました。
「もう死んでも良い。どうせ生きていればずっとストーカーに、片っ端から破壊され続けるのが分かっている、その上、もう時は多く過ぎてしまったし…」
などとは当然なっています。
ただ‥
「どうせ必ずいつかは死にます」から。
自分からそれを早める必要は無い所にはなるのではあります。
もう(‘人生’という意味では)死んでいる。
そらでもまだ、心臓は動き続けてはいる。
とりあえず健康体(だいぶおかしくは、特に精神面やDNAの損傷においてはされているとはしましても)
‘可能性’も、七転八倒させられながらでも、いつも有る、見捨てられるばかりと考えていながらも、いつも可能性は有った。次々、いかに特異な有り様で転がり続けるばかりのなかでも、必ずやつまて来ている。
ならば、「どうせ死んだ人生なら」、試しにどこ迄でもやれば良いのであります。
やたらにやるのではなく、ちゃんと考え、意識しながらです。
物事の見方、人生哲学、真実の探究。それらにいつも身を置き生きている訳です。
生き物は全て、どんなクズも「必ず死にます」よ。
時間の問題ですから、生まれた時からの。
何を言い、やり、どう生きても、肉体は脳も含めて、活動を、停止し、朽ち果てる‘物質’になります、死んだ瞬間に。
果たして「どう裁かれて、どこへ行きどうなるか」。生きている時の物が全部反映される形にしかなりませんから。
真実は真実。
真実に真っ向から背いているのが、(少なくとも近代からの)ニンゲン及びそれが「閉じ込められている」シャカイとかいう物となっております…
腹が立つのはいつも通り越していたり、吐き気を催す気持ち悪さに見舞われていたり、反動をくらいでしょう身動きも出来なく直ぐになったり、変な目に有ったり(ストーカー以外の所で、自分が悪くて(おかしくなっている為に))等々、それらばかりの人生なのではありますが。
「真実は一つしか有りません、この宇宙に」
尻切れとんぼで終わります。
(ずっと「色々(訳の分からない有り得ない事が)」有り、今日は‥また「ビッグ イベント(暇でしょうがないキチガイの、人の命を使った(人の命に、まとわりつくばかりの生物による))が発生しており」ます。タイミングが」珍しく合いましたので、アメブロに徒然なるままに書く事が出来ました。(今書いていた最中にも、露骨におかしな事が起きておりました。いつも、24時間年中無休ですから…相手は戸籍と肉体だけがニンゲンな、とにかく暇で、脳が本当に異常な存在でありますから…))