東シナ海流60 じいさんの「鮎の粕漬け」 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

秋も深まる頃、浜松のじいさんが「私の鮎はまだか」と言って来た。

私の鮎・・って、何だ? 料理長のシゲさんに聞くと、毎年屋久島の川の鮎を獲ってきて「粕漬け」にして送っていたらしいのだ。

4人が「鮎ハンターメラメラになって鮎を獲りに行く事になった。


屋久島の川は急勾配からいきなり海に流れ込み、穏やかな流れは河口から数百mしかない。

水は氷のように冷たくウェットスーツは必需品だ。

屋久島には鮎を食べる習慣がなく誰もそんなものを獲らなかった。

鮎よりもゴマサバのほうが良いのだ。

河口の「サバ節工場」の排水溝に群がる鮎は、アジ釣り用のサビキとアミコマセで面白いように釣れるが小さい。

それにサバのカスばかり食っているからサバの味がするのだ。


大きなものは網を仕掛けて追い立てて一網打尽にする。

宮之浦川の河口近くから手漕ぎボートで上流に向かったが流れは穏やかだ。10分ほどで到着、上流のわずか百mの流れが漁場で、そこから先は急斜面で鮎は少ない。

網を仕掛けてバシャバシャ鮎を追い立てると型の良い鮎が面白いようにかかる。


下流は急に深くなっていたがモリを持って潜る事にした。

そこには大きな鮎の群れがありウジャウジャ音譜いるではないか。

群れの中に突っ込み片端から突きまくった。

市販のオモチャのモリで十分だ。

胴体に穴が空くが仕方ない。味は変わらないだろう。

どうせじいさんが食うのだ。


やや深みの水深4mで鮎を突いていて妙な事があった。底の半分の水がもやもやして透明度が悪いのだ。

潜ってみるとそこには扁平の妙な鮎がいた。

いや、鮎ではなくヒラアジだ。

さらにフグまでが愛嬌を振りまきながら寄ってきた。

下半分は海水で海だったのだ。岩陰にはカサゴもいる。

鮎とヒラアジとカサゴを同時に突いたのは初めてだ。


真水と海水では比重の高い海水が下になり、真水が上になる。

つまり潮が満ちてきて、海水の上を真水が流れていたのだ。

静かに潜って海水ゾーンに入れば底がよく見えるのだが、かくはんするとすぐに馴染まずモヤがかかってよく見えなくなる。

暖かい空気の下に冷たい空気が入り込むと寒冷前線となるように、性質の異なる水も容易く混じり合うことはない。

水温の差も極端で、寒帯から急に熱帯に入ったようだ。

屋久島は亜寒帯、温帯、亜熱帯の気候を有する世界でも独特の島だが、河口の水の中もそれと同じだ。これほど温度差のある水は屋久島だけだろう。鮎も大変だ。


島の南側の栗生川へも鮎を獲りに行った。

河口から網をかついで川を上って行った。

帰りは潮が満ちてかなり深みが出来ていた。

腰までの水深を選んで歩いたが、振り返ると後ろにいた設備担当の男がいないのだ。

そこには彼の帽子だけがプカプカ浮いていた。


水の中を覗いて見ると、やはりいた。しかし・・

彼は網を担いだまま懸命に前に歩いているのだ汗

やがて息が苦しくなったのかゴボゴボ泡を立てながらそれでも前へ前へと歩こうとしていた。

見かねて髪の毛を掴んで引き上げてやった。

「プハ~ビックリマークと息を吸い込み助かったが、バカな男だ。

しかし、死んでも網を離そうとしない根性だけはほめてやった。


後の話だが、彼のドンくささのおかげで、でかいサメに追われてエライ目に遭ったことがある。

彼に操船をまかせて海に潜った野人が愚かだったのだが。


鮎はさっそく粕漬けにされてじいさんの元へと送られた。

じいさんは、旨ければドテッ腹にデカイ穴が開いていようが気にしない大らかな性格だ。

シゲさんが作った鮎の粕漬けは本当に旨かった。