東シナ海流53 じいさんと双眼鏡 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

さっそく本社から社長が、いやじいさんが硫黄島にやって来た。

翌日は早朝から磯へ渡り石鯛を狙うが、今日は東温泉で小手調べの釣りだ。

夕食のおかずの調達も兼ねる。


車で10分もかからない場所だが弁当を持参した。要するに海が好きでせっかちなのだ。

弁当は昔ながらの竹の皮に包んだおむすびで玉子焼きとから揚げと漬物と言うシンプルなものだった。

普段はお客様にも持たせる「俊寛弁当」だ。

俊寛はその昔、北条氏によってこの島に流され、ここで生を終え葬られた。

有王丸、為朝丸、についで弁当にまでじいさんが名前をつけたのだが、竹皮はともかく中身は俊寛が食べていたとは到底思えない。


釣りを初めてしばらくしてヤマハの宿泊施設から車が来た。

100mほど離れた東温泉に若いお嬢さん二人を案内して来たのだ。

こうなったらじいさんは釣りどころではない。

やたらそちらばかり気にしている。


そしてついに言った


「双眼鏡持って来なさい」と・・


遠目にもわかるが二人は露天風呂の側に立ち尽くしていた。

双眼鏡に熱中していたじいさんがまた言った。


「あれは熱くて湯に入れないんだ、お前行って

水で薄めて来なさい」・・あせる


さっそく行ってそのようにしたが、熱くてしばらくは入れる状態ではない。

それまでガイドを兼ねてしばらく話し相手をした。

しばらくしてじいさんの方を見ると、立ち上がって両手で懸命に手招きをしている

雰囲気からどうも怒っているようだ。

戻ってみるとじいさんはまた言った。


「お前がいつまでも側にいるから

恥ずかしがって ハートブレイク

温泉に入れないじゃないか バカビックリマーク


しばらくしていよいよ彼女達は入浴したのだが、こちらはまったく釣りにはならなかった。

「引いていますよ!浮きが沈んで」と言うと

「お前、上げなさい」と双眼鏡を放さない

時々、「オ~~!・・オ~ビックリマークドキドキ 

喜びの声があがる。

こちらは一人黙々と釣りに励んでいた


彼女達はしっかり水着を着ているのだから見ても仕方ないと思うのだが、じいさんは子供みたいにはしゃいでいた。

スケベと言うよりも無邪気なのだ。

自分が作った施設の客であるお嬢さん達が喜ぶ姿を見ていたいようだった。


こんな時、じいさんは必ず夕食にその人達を招待する。

同じテーブルに招いてもっと美味しいものをご馳走して話をするのが好きなのだ。

話題は音楽と食い物だ。

まあ、くたびれたじいさん一人食っていてもつまらないことは間違いない。

そしてじいさんがまた言った。


「お前、また行って、彼女達を夕食に誘って来なさい」と。


さっそく今度は「ナンパ」の使いに走った。


事情を話すと彼女達は感激した。

やはりヤマハの音楽関係の顧客でフアンだったのだ。

じいさんは財団法人ヤマハ音楽振興会の創設者で理事長だ。名前は当然知っていた。

帰って報告するとじいさんは「そうかそうか・・」と微笑んでいた。

そこで野人が言った。


「しかし、相当緊張していました。あれじゃあ食事が喉元を通るかどうか・・

味もわからないだろうし・・」


何しろじいさまと孫くらい歳が離れている。

じいさんはしばらく考えてからまた言った。


「お前・・・一緒に食べなさい」ラブラブ


まあ打ち解けるまで場をとりもつしかない。2対2で丁度良い。

これで結構じいさんは人見知りする照れ屋なのだ。

最初はお通夜みたいになるに決まっている。


頭に浮かびかけていた賄いの庶民の夕食が瞬時に豪華なご馳走にワープした。

じいさんが話しに熱中し始めたらひたすら食いまくろう

目の前のクーラーの中には釣り上げたばかりの2キロのシマアジとメジナが数枚あった。

牧場で飼育しているキジやホロホロチョウも出るだろう、夕食が楽しみだ。