スイミン愚物語 ウォーたあボーイズ5 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

司会者は興奮気味にまくしたてた。「さあいよいよフィナーレです。キャプテンはどんな曲芸を見せてくれるのでしょうか、先ほどは意外な技で観客をおちょくりましたが、今度はチョンボなし、正真正銘の水中でのスキューバ・フル装備ショーです」。アナウンスが終わると浅いほうのプールから5m離れたモルタルに立ち反対側を向いた。対面の飛び板飛び込みプールにはスキューバ一式が用意された。司会者の誘いで観客の男性一人が参加、手分けして機材をバラバラに放り込んで沈め始めた。エアタンクにはレギュレター装着、ウェットスーツは重めの6キロの鉛ベルトに絡げて沈めた。足ヒレやマスクもバラバラにまんべんなく放り込んで沈めた。その他にも余計な物が三つほど重りを付けて沈められた。

準備完了、司会者の開始合図で振り向き、助走をつけてハイジャンプして飛び込んだ。そのまま潜水して平泳ぎで20m、水深3mの水底までそのまま潜り、最初にマスクを探した。昔からある程度は水中での裸眼は慣れていたがピンボケであることには変わりない。近づかないと遠くからはわからないのだ。しかも色んな物件がぼやけて視界に入る。マスクを探せるかどうかが成功のカギを握っている。マスクはプールの淵に沈んでいた。素早く装着、マスクの上を額につけて下を少し離す。そうして鼻から息を出すと空気が上に溜り下から水が押し出される。「マスククリアー」と言う基本だ。次に必要なのは空気だ。タンクは簡単に見つかり、空気を吸って一息ついた。離れた所にウェットスーツがあり、タンクを残してスーツと足ヒレを回収してタンクの場所に戻り、また空気を吸って一息。これからが難儀だ。水底でスーツを着るのは難しい。気泡の入った特殊ゴムだからウェイトベルトを離すと浮き上がる。ベルトを、水底であぐらをかいた膝に乗せたり、手に持ち買えたり、肩にかけたりしてスーツを着た。もっとブカブカなものにすれば簡単だったが体にフィットしたサイズだ。ウェイトベルトを腰に巻き、足ヒレを着けてタンクを背負った。その他小道具とは花束と日傘と金髪のカツラだった・・・恥ずかしいが仕方がない、ショーの為だ。

裸で飛び込んだまま数分間上がって来ないので観客はハラハラドキドキ、司会者は時間を持て余したことだろう。浮上の合図が出来ないからいつ水面に浮くか誰もわからない。観客が見守る中、プールの中心からまず日傘だけが「ス~~」と立ち上がり停止、さらに手首が出てボタンを押すと「バッ!」と傘が開いた。次に浮上したのは金髪の頭だ。そのまましばらく停止、完全に浮上して花束を観客に差し出すと拍手喝さい!「今度ばかりはチョンボではありません!」・・・とか、女性司会者はわけのわからない言葉で盛り上げていた、本当にご苦労さん。ホテルのお客様も家族でお盆の夜を楽しんだことだろう。素人スタッフのショーにしては大好評だった。しかし・・本当に疲れた。特上牛肉2キロでは割に合わない。司会者の、「もう一度キャプテンとウォーターボーイズに拍手をお願いしま~す!」の声で勢ぞろいして観客にご挨拶、ショータイムは幕を閉じた。翌日、クルーザーに乗船した家族が、「夕べは本当に凄くて面白かったです、ありがとう」。その一言ですべてが報われた。しかし、反響に喜ぶ責任者からの翌年の依頼は断った。もう・・ネタがない、お盆はほとんどが常連の顧客なのだ。