31歳の夏、会社のホテルは賑わっていた。1億以上するヤマハ社長特注の大型クルーザーの船長をやっていたが、学生アルバイトはクルーの他、専用の無人浜海水浴場のモーターボート送りや監視などで5人くらいいた。お盆に1日だけ、夜のプールサイドでイベントをすることになり、地元の和太鼓などが企画された。それだけでは物足りないので何か面白い事やってくれと頼まれたが断った。夏はサンセットクルージングやら遅くまで大変なのだ。担当者が船まで来て頼んできたが首を縦には振らない。クルーやアルバイトも疲れているから断って欲しい顔をしていた。同じ社内だからギャラを出すわけにもいかず、物納の話を持ちかけられた。ギャラは「特上牛肉2kg」と言い出したのだ。奴らの顔を見渡すと、目は輝いて期待に満ちた顔になっていた。ゲンキンな奴らだ。首を一回コクン・・と振ると、一斉にコクコクコクコク~!とコックローチみたいにうなずいた。仕方ない、人間バキュームの食い気には勝てない、こいつらは普段安物の肉しか食ってはいないのだ。持ち時間1時間のショータイムを引き受けた。お盆は「顧客」ばかりだから楽しませてやろう。
翌日、出し物を発表した。20分づつ3部に分けて、1部は「ウォーターボーイズ珍泳教室」、2部は「水中脱出ショー」、3部は「あっと驚く水中衣替え」で行く事に決めた。プロの女性アナウンサーもいるし、引田テンコーばりの内容でなけりゃ盛り上がりに欠ける。
1部はコミカルショーで色んな泳ぎをアルバイトにやらせ、思い切りしごく。2部は野人がウォーターボーイズに仕返しされ、寄ってたかって首から足首までロープで何重にもぐるぐる巻きに縛られ、おもりまで付けられて水深3mの飛び板飛び込みプールに放り投げられて沈められ、そこからの「脱出ショー」だ。3部は、プールの全長は20m、飛び込み台の下だけ水深3mある。野人は浅いほうのプールの淵に後ろ向きに立ち、ウォーターボーイズがマスクやスノーケル、足ヒレ、ウェットスーツにウェイトベルト、レギュレターを装着したタンクなどをわからないようにバラバラに放り込んで沈めるが、客も参加させる。それから振り向いてから、飛び込んで素潜りで20m泳ぎ、3mの深場へ、スーツもマスクもヒレもタンクも水中で探して「フル装備」して何分で上がって来られるかだ。スタッフの顔は引きつった、ウォーターボーイズの練習はともかく、2部、3部については、「そんなこと本当に出来るんですか?」と疑心暗鬼だ。「ドキドキハラハラ、これが出来たら客は大喜びだろうが」と言うと、「そりゃ僕らもビックリ、信じられないです」。「ところで船長・・それ・・やったことあるんですか?」と聞くから、「当然・・ない!そんなバカげたこと」と言うと、全員ガックリうなだれていた。「バカ!やってみないとわからんだろうが~!」と一件落着解散。落胆するのはまだ早い、こいつらに旨いもの食わせる為にやるしかないのだ。翌日、奴らが、「船長、今日の練習は何時からやりますか?」と催促。「アホ・・・そんなもんやらん。ギャラに含まれてない」。「ど・・ど~~すんですかあ~?」と心配顔だが、ぶっつけ本番で上等だ。世の中成るようにしか成らないのだ。