東シナ海流5 火を噴く島 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

諏訪瀬島は周囲27㎞、火山灰に覆われた活火山の島だ。

中央には800m近い御岳があり噴煙を上げている。

過去何度となく大爆発を繰り返し、1813年の大噴火で50余りの人家が消滅、その後70年間無人化し、明治にはいって再び移住が始まった。

島民は老人子供中心で約50人、ヤマハスタッフ5人の他、工事従事者15人と都会から来たヒッピーが滞在している。


30代半ばの所長が島内を案内してくれた。

スタッフは所長の他、釣り担当が1人、農園が2人、設備が1人、自分を入れて6人だ。

仕事はマリン全般で、船の操船、整備から釣りまで、特にダイバーとして島全域の海底調査が中心だった。


「他には?」と聞くと妙に口ごもる。


「月に一度社長が来るから具体的な指示はその時に」と言う。


所長はあまり詳しくなく、海と農園は社長の直轄らしい。

つまりボスはあのジイさんだ。

社長が来るまではゆっくりと島に慣れてもらえば良いとのことで、そうすることにした。

宿舎は飛行場の事務所、他に社長やゲスト用のクラブハウスがある。

港や飛行場を整備し50人程度の宿泊施設を設ける予定らしい。

つい先ごろまではランプと天水の生活で、ヤマハが道路を整備、発電機をヤマハ用、部落用と2つ作ったので今では上水道も使える。


農園も作り自給体制を目指している。

まともな港はなく、簡単な護岸が2ヶ所ある。

月に数回鹿児島から奄美まで数日かけて島々を回る定期船があり、風向きによってどちらかから小船を降ろし、生活必要物資の荷揚げ作業を総出で行う。

昔からの護岸は元浦で、ヤマハが珊瑚礁を砕いて水路を作った護岸が切石だ。


ヤマハの船の施設は切石港にあった。

船を揚げ降ろしするデリック室、山の上までレールを敷き、船を引き上げるウインチ室があり、船は3隻、3トンの漁船「笹森丸」と同じ大きさのウォータージェット推進「藤井丸」、それに作業用の和船だ。

笹森丸はレール上、藤井丸、和船はジープに連結して山の上の方まで牽引する。

車が20台も入れそうな護岸は正面から波が来ると、大波に洗われ、デリックの上まで潮を被るので近づけない。


島内に店らしきものはなく、酒屋が一軒、しかも焼酎の一升瓶しか置いていない。

当然警察官もおらず、治外法権地域みたいなもので信号も道路交通法もない。

必要なものは全て定期船に頼っている。

野菜は作っているが漁師は一人もいない。たまに岸から竹竿で魚を釣っている。

時々荷揚げ用通船を降ろし、飛魚やサワラ漁をする程度だ。

驚いたことに島には泳げる人間がいなかった。

海はいつも厳しく海水浴を楽しむ習慣がなかった。

しかもサメやウミヘビがうようよいて適当な砂浜もない。


昔持ち込んだ家畜が野生化、島内のいたる所にヤギがいる。

山の断崖の急斜面に多く、白い普通のヤギではなく、足も太く茶色の毛がふさふさして角も迫力がある。

また人目にはつかないが野生牛も多く気が荒い。

部落の人達は時々集団でこれらを捕獲、肉を分け合って食べている。魚も同じで均等に分ける。

網は魚ではなく陸上のヤギに使われていた。

竹薮中心の密林に網を張り巡らし、大勢で鍋釜を叩き鳴らして追い込むのだ。

食べ物を分け合うことは極限の島で生きていく上で不可欠だった。


会社にはジープが大、中、小と3台、オートバイがトレール2台、カブが1台有り、これがスタッフの足だった。

島内に孔雀を放し飼いにしているがこれもいつか非常食となるのだろうか?

御岳は毎日噴煙を上げ、風向きによっては火山灰が降ってくる。

バイクで移動する時にはゴーグルならぬ水中メガネをつけた。

積もった火山灰で、急坂ではたまにスリップするし船にも火山灰が大量に積もり掃除も大変だ。


整備会社やスタンドなどないから、給油やオイルはドラムから、パンク修理は日常的、時にはクラッチ板交換からエンジンのオーバーホールまで自分達でやらねばならない。

島の上部はほとんど溶岩か火山灰、高い木はあまりなく、全体が琉球竹と呼ばれる、笹より少し太い竹で覆われている。

かろうじて集落の周囲にカジュマルやバナナや亜熱帯植物のジャングルがある。

モンキーバナナに似た島バナナには不自由しない。


ヤマハ農園は飛行場と切石港の間にあり、1年先輩の池内さんが島の若者と2人で担当していた。

通称「池ちゃん」で、東京農大出身、柔道をやっていたらしく80㎏は超えている。

野菜は彼が、魚はマリン担当の坂内さんが、皆の食料を賄っていた。

発電機などの施設担当の村井さんと、所長の中目さんは本社工場から来ていた。


島全体が珊瑚礁と言うと沖縄の島を連想するが全く異質のものだ。

遠浅の砂浜やブルーラグーンのような遊泳区やダイビングスポットなどまるでなく、枝サンゴも見かけない。

切り立った絶壁の下は珊瑚岸が出っ張り、荒波が打ち寄せている。

あっという間に数百mの深海へと落ち込んでいる。

黒潮本流から離れ、隆起した珊瑚礁が自然に島になった奄美や沖縄と違い、深い本流の海底から溶岩が噴き上げ、やがて島になったのがトカラ列島で、数百m級の山もある。


黒潮というとてつもない大河の真中にあるから、波が荒いのは当然だ。

だから岸からマグロやカジキが釣れて当たり前なのだ。

リーフの淵に映画に出てくるような大ザメがいきなり現れても何ら不思議でもない。

彼等にとっては黒潮本流を旅して来て気がついたら目の前にいきなり岩が現れたようなものだ。

危険はいっぱいだが、一人で好きな所で自由に潜れるなんてダイバー冥利に尽きる。