遭難 春の嵐 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

青森の陸奥湾でホタテ漁解禁の初日、痛ましい遭難事故が起きた。

他人事とも思えず胸が痛んだ。

春の嵐は本当に怖い。特に何も見えない夜の航海では生死の境をさ迷うことになることが多い。

20代で、船長として東シナ海、トカラ列島を走り回っていた頃、何度か同じ思いをした。


急に突風が吹き荒れ、船は潜水艦のように波に突っ込む。

ワイパーなどは使い物にならず「旋回窓」で水を吹き飛ばす。

外の様子がわかるのはその窓の丸い輪の中だけで、後はレーダーとコンパスだけが頼りになる。

真っ暗闇の中、旋回窓の中に白い波頭が盛り上がって迫るのがかすかに見える。

次の瞬間「ドッカーン!」という音と共に舳先が空中に持ち上がり、「ドッスーン!」と言う音と共に波の底に叩きつけられる。

衝撃で船が真横に持って行かれることが多い。

すぐに船を立て直さなければ次の横波を喰らうことになる。

そうなったら一巻の終わり、転覆が待っている。それくらい春の嵐は怖い。


25歳で、船長としての長距離の処女航海で春の嵐に遭遇した。

黒潮本流の中、片道8時間で途中に避難する港はなかった。

会社は、経験豊富な50歳の地元の猟師を船員につけてくれた。

貨物船の甲板長、つまりボースンも長い間やっていた猛者だ。

若い船員を怒鳴り散らして鍛える男だったから、自分の半分の年齢の船長は当然呼び捨てにされた。


夜中に春の嵐の中に船が突入した時、若い船長にはまかせられないとずっと立ったまま舵を握り続けていた。

衝撃で船首の舳先が折れ、かぶる海水の量が多すぎて機関室が浸水し始めた。

復元力ギリギリに大きく傾く度に、背が低いボースンは舵に掴まったままズルズルとぶら下がるような格好になった。

汗びっしょりになって頑張っていたが、前方に最大の白い波頭が見えた時、ついに弱音を吐いた。


「駄目だ・・もう駄目だ~」・・と。


確信と自信を失くせばやらないほうがいい。

操舵を彼に取って代わった。


「どけ!俺がやる」


思い切り減速し、波に上り始めた瞬間にフルスロットルで波を上り、頂点近くで急減速をした。

それまでにない衝撃と共に奈落の底へ落ちた。

窓からも浸水、船内の備品はグチャグチャに散乱し、彼は床に転がった。

船体は波に真横になって激しく揺れた。

すぐに船を立て直し全速で次の波に向かう・・・何とか最大のピンチを切り抜け一直線に屋久島、一湊港に向かった。


入り口の防波堤には、特攻の生き残りの年老いた船舶課長がずぶぬれになって立ちはだかり船の帰りを待っていてくれた。

「心配で、生きた心地がしなかった」と涙を流して喜んだ。

それ以来、ボースンからは「さん」付けで呼ばれるようになり、何でも頼みを聞いてくれるようになった。


それからも何度か同じような目に遭ったが、その度に切り抜けてきた。

しかし紙一重であることには違いない。

船は「板子一枚下は地獄」と言われるくらい過酷な世界。

遭難した船長の気持ちを思うとやりきれない。

海の上では全権限は船長にある。

何人もの命を預かり判断に苦しんだと思う。

生きることに命をかける・・そんな人は世の中には大勢いる。

早く見つかる事を祈っている。