ムーのブログ

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東北関東大震災を経験して・・・・
宮城県亘理郡亘理町在住

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4/7の余震で水道が止まり、昨日復帰した。


5日ぶりのお風呂だった、きもちいい~~~w

毎日入れると全く気にしないが、数日は入れないだけでこんなに気持ちいいとはねw


今回の断水は準備もしてたので特に問題はなかった。

地震後すぐは水が出て、しばらくして断水予告があった。


飲料水は、ミネラルウォーターは20リッターほど貯えていたし、

断水予告があったので、生活用水は風呂に(1Fと2F)に溜めることができた。

念のため、以前地下水をもらったお宅に行って、水をもらってきた。


妻も、食器にアルミ箔をかけて準備したし・・・・

二回目ともなるとやるべきことが自然にわかるもんだ。

こんなことに慣れるのはどうかと思うが・・・


正直な気持ちは、「もう勘弁してほしい」だ!!

そう思っても仕方がないが・・・


毎日多くの余震は続く・・・・・

青トマに行きおいしいパンを買うことができて、妻は大満足!


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さて、本日3/30ライフラインもすべて戻っています。震災ブログもこの辺で終わりにしようかと思います。

周りを見ればまだまだ悲惨な光景が目に入ってきますが、いつまでもそんなことも言ってられません。

俺も仕事が忙しく、毎日飛びまわっています。震災被害に遭ったお客さんの復興の手伝いをしています。


このたびの震災には、いろんなことを学ばされました。

今まで書いたことが、何かの役に立てばありがたいです。

もちろん自分の記録として残しておきます。

こんなことは、もうないでしょう。ないことを祈ります。

つたない文章でしたが、お読みいただいだ方々にお礼を申し上げます。


我が家、亘理町、宮城県は頑張ります!


ありがとうございました。

もう1週間・・・

俺にはすごくはやく感じた。

今まで経験したことのない経験をしている。


知り合いの遺体が見つかったり、知人の家族が行方不明などなど

ネットが繋がってから、夜は知人の安否を確認するため、いろいろなサイトをめぐった。

パーソンファインダーというところがあるのを知り、そこに登録したり、探したり・・・・


正確には、Googleパーソンファインダー(消息情報)

http://japan.person-finder.appspot.com/


ここで、知人が亡くなっていることがわかった時は、まいった。

でも、わかっただけましか、と思うようにした。

まだまだ、消息がわからない人がたくさんいる。心が痛む。


妻の同僚には、元気だが家がなくなってしまって、避難所で暮らしている人もいる。

その人に会ったとき、

妻は、「あなた達は家があるからいいよね。」と言われて何も言えなかったそうだ。


これが被災地の現実だ。


さあ、昨日の続き(ちょと、お疲れ気味でブログ更新サボってしまった)


亘理町で最も大きなスーパーマーケット、COOP亘理店に行った。

10:00開店というので、9:30に行ってみた。

ぎょぎょ!!なんだあの行列は・・・・・

どこまであるかわからないくらい・・・・

やっぱ、TVの情報はすごい!


このあとは、TVで情報が流れた店には行かないことにした。


列の先頭に行き、何が売っているか、売り方はどうかを確認したら、

店内に入れず、店の外での販売で、数量も制限されていた。

前の方の人に聞いたら、6:00から並んだという。

これはだめだと思い、別の店を探すことにした。

列の後ろの方に知り合いがいて、あとから聞いたら買い物ができたのは3時間後だったと。


移動して、いつもあまり行かない、逢隈のスーパーASANOの前を通ると、

行列ができているが、大したことはない。

早速並ぶと、1時間で店内へ

結構、商品があって満足な買い物ができた。


並んでいるときに、後ろにいたおばあさんと話をすると、

(俺は普段は、他人と口をきくようなことはあまりしないが、震災後は並んだ時などに

よく話をして情報交換をするようになった)

一人暮らしで、車はないので40分歩いてきたという。

給水所に並んで、水をもらい、水は預けて買い物にきたそうだ。

え?ちょとまてよ・・・

ってことは、帰りは6リットルの水と買い物したものを持ってまた40分歩くの?

どうみても70歳くらいのおばあさんだ。

「帰りは車で送りましょう」というと、遠慮したが、何回か言っているうちに

「すみません、お願いします」と、

買い物が終わっておばあさんを見ると、安心したのか、たくさんの商品を買っていた。


おばあさんを送っていくと、よく行く妻が大好きなパン屋さんの近くだった。

おばあさんが、今朝やってましたよと言うので、明日来ることにした。


パン屋さんの名前は、「青いトマト」通称「青トマ」


震災後、結構買い物をするが、パンがあまり手に入らない。

俺はそんなでもないが、妻はパンが食べたいという。

明日、買えればいいな、小さな喜びも必要だ。


小さな子供がいる家庭は、もっとパンがほしいんだろうな。

いろんなことが落ち着いてきたので、家の中も片付けなくてはと思い、

まあ、ちょこちょことは片付けていたので、今日は片付けを終わらせようと思った。


と、その前にいつもの水汲み

地下水のところに行くと・・・・

えっ?

なにっ?

え~~~~~~っ!!!

水が出ていない。

張り紙が・・・・・

「水が止まってしまいました」

なんてこった。

いろんなことが起こる。


妻の友達が、近所から井戸水をもらっていると言っていたのを思い出した。

最近わかってきたが、亘理町にはけっこう地下水や井戸水が多い。


早速妻の友達のところに行ってみた。

隣の農家に行き、「水をいただけますか?」と言うと

これがまた、すごく良い方で、

「どうぞどうぞ、いつでも良いですよ、水に困ってる人がいたら連れて来ていいよ」

と、いって下さった。なんと優しい人が多い。いろいろな方に助けられる。ありがたい。


ほっとして家に帰った。


さあ、片付けのはじまり。

床に散らばったものを、いるものと、捨てるものに分けながらゴミ袋に入れていくのだが、

捨てる物のなんと多いこと・・・・

なんと、こんなに捨てるもの多いの?

あっという間にごみ袋の山ができた。

もちろん、地震で壊れてしまったものも多くあった。

子供が小さいときにウォークラリーでもらったトロフィ、ソフトバレーで優勝したときのトロフィ、

懐かしいが、きりがないので壊れたものはほとんど捨てた。


次はパソコンだ。

パソコンラックが2台でデスクトップPCが3台ある。

1台は無事のようだが、2台は落下してる。

FAX複合機も落下した。

我が家のリビングは、俺の仕事の事務所も兼用しているので、仕事の道具がいろいろある。

電話も含めて全ての配線を一度はずして、機器を設置しなおして、もう一度配線した。

これが結構大変だったし、時間もかかった。

パソコン1台とFAX複合機が壊れていたが、ネットの環境、電話は壊れてはいなかった。

固定電話は復旧していないので確認はできない。


夕方になり、片付けが終わると、震災の前の普段のリビングになった。

なんだか、以前より少しきれいになったかな?・・・


TVのスーパーの営業情報で、明日COOP亘理店が10:00から営業すると出ていた。

妻の友達と連絡を取り、明日9:30頃に行くことにした。

朝起きると、雨が降っていた。

まず、水だ。

昨日の地下水のところに行った。

どこかの家族が水を汲んでいた。 女性ばかりの家族で、はかどっていないようなので手伝ってあげた。

でっかい焼酎のペットボトルを何本も持ってきていた。1本入れるたびに、すみませんと・・・・

うちの分も汲み終えたので、坂元中学に行くことにした。


6号線を南下すると、道路がかなり傷んでいる。

地割れ、陥没、かなりひどい・・・・

坂元中学が近づくと、景色が一変した。 これは・・・・・・・

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坂元、国道6号線から海の方向を見たところ


国道6号線の山側も津波の跡が・・・・

地図で見ると、海から1.2kmくらいだ。

この間、結構家があったはずなのに・・・・

まともな家は1軒もない。


避難所になっている、坂元中学に着いた。

小雨の中、たくさんの人が行き来している。

受付らしき人がいたので、早速聞いてみたら、

Kさん夫婦(会社の同僚の友達のご両親)は確かにこの避難所にいた。

よかった~~~本当によかった。

昨日、大崎市の子供さんが来て連れて帰ったとのこと。


すると、妻が「あった~~!!」と、

避難所には、安否確認のメモが貼っている。

そこに、連絡の取れなかった会社の同僚の名前があったのだ。

凄まじい景色を見て気持ちが落ち込んだが、無事がわかって気持ちが明るくなった。

でも、実際に避難所を見て、厳しい現実がわかった。

家がなくなってしまっていくところがない人の多いこと・・・・

体育館は寒いし、床は硬いし、大勢いるので眠ることもなかなか厳しいだろう。


それから、自宅に帰り水を置いて、ストーブを貸してくれた友達のところに灯油を届けに行くことにした。

我が家には200リットルの灯油が入るタンクがある。そのタンクから灯油をポリタンクに入れた。

灯油のタンクは家の敷地内にあるが、誰かが盗もうとすれば、

タンクのコックをひねれば簡単に盗むことができる。

今まではそんなことは考えもしなかったが、

こんな時なのでタンク内の灯油を家のポリタンクに入れることにした。


何日かあとに、この近辺で灯油やガソリン盗む輩がでてしまった。

避難所の人の車からもガソリンを盗まれたそうだ。

なんと嘆かわしい!


友達の家に行く途中、よく買い物に行く、名取のイオンショッピングセンター「エアリ」がどうなっているか、

気になっていたので、寄ってみることにした。


すると、行列が行列ができていたので、またいつものように並ぶことにした。

店舗の外での販売だった。1人10点の制限つきで、下着などの衣類もあった。

ミネラルウォーターの500ml×30本の箱があったので購入した。(なんと1000円)


友達の家に行き、灯油タンクとミネラルウォーター10本を渡し、お礼を言って帰った。

友達の家でも水道は止まっていた。


家に帰り、

家で、大きい画面でTVを見たかったので、車から電源を取り(プリウスには100V電源がある)、

リビングで見るために、長い電源コードを探したが、みつからなかったのでちょっとがっかり。


その後、そろそろ単3の乾電池が心配になってきたので、営業車の中を探していた。

すると、妻が飛んできた!!!

「おとうさん!電気来た~~~~!!」

家に入ると、玄関の電気がついていた。

明るい!

家族みんなで大喜び!


この4日くらいだったが、電気の無い生活が、現代人にとってなんと不便なことか・・・・

それを補うために頭は使ったが、やっぱり電気が復旧して、素直にうれしかった。

東北電力の方達が電気を復旧するために、一生懸命努力をしてくれたと思うと、頭が下がる思いだった。

こんなに早く復旧するとは思わなかった。


暖房は、石油ファンヒーターが使えるようになったが、燃料の心配があったのでエアコンを付けてみた。

これが結構暖かい。我が家ではエアコンは夏の冷房用で暖房にはほとんど使っていなかったのだ。

灯油の供給がよくなるまでエアコンを使うことにした。


パソコンも使えるはずだが・・・・

まだ家の中が片付いていなかった。(毎日いろいろなことで出かけることが多かったので・・・)

ネット環境もどうなのか・・・・

電気が復旧するまではこんなことも考えもしなかったのだが・・・

明日は家を片付けよう!

昨日聞いた地下水の場所に行ってみた。

家のコンクリートの外壁からパイプが出ていて、そのパイプからすごい勢いで水が出ていた。

そばにその家の方が立っていたので、「水をいただいていいですか?」と聞くと

「どうぞ、どうぞ、この水は四方山の水で飲めますよ」と、

四方山というのは、亘理から角田に行くときに通る小さな峠で、いい水が出る場所がある。


あっという間に、20、12、10、6、6、計54リットルの水を手に入れることができた。

昨日2時間で12リットルにくれべれば、夢のようだった。

2時間並んで大切な水を手に入れる事に不満はないのだが、やはり2時間という時間は

この時点では貴重な時間なので、本当にありがたかった。

何日かこの地下水にお世話になるのだが・・・・・


昨日TV(車のTV)で、仙台市内で携帯電話の充電サービスをしてる映像が流れ、充電を終えた人が、

通話をしているのが見えた。

これは、仙台市内は通話できるかもと思い、仙台に行くことにした。

仙台市泉区には長男が住んでるので、長男の様子も気になっていたので・・・


仙台に行く途中で、亘理名物の馬上かまぼこ(笹かまぼこ)の店、笹かまの郷の前に「半額」の文字が、

店に入ると、俺の好きなかまぼこが半額になっていたので購入。


国道6号線を北上し、国道4号線をまた北上


岩沼で最近できたケーキ屋さんを見ると、何か売っている。

まだ列は短い、5~6人なので、行ってみることに。

すると、シューラスク2袋+牛乳1本で1000円・・・・ちょっと高いけど・・・購入。


名取に入ると、今度はヤマダ電機で何かを売っている。乾電池がほしい!

Uターンして行ってみると、店頭のみの販売で、トイレットペーパー、ティッシュ、紙おむつなどの商品を

売っていた。あるものばっかりだったが、買える時に買っておこうと思い、トイレットペーパーとティッシュを

購入。こういう生活用品は、誰かほしい人もいるかもしれない。買っておいて役に立つかも・・・


乾電池はなかった。


非常時の買い物は、売っているところを見つけたら、まず行って見ること。

迷っていると何も買えない。

なんせ、開いている店が少なく、あっという間に品切れで閉店してしまう。


仙台市内に近づくと、携帯が使えるようになった。

まず、長男と連絡を取ると、泉区では電気とガスはすでに使えた。

水道が使えないので水がほしいというので、また亘理まで戻ることにした。

長男の会社は始まっていて、給水に並ぶこともできない。

すでに仙台市内に入っていたので30kmほど戻ることに。亘理では連絡ができなかったのでしかたない。

子供が不便を感じているとわかれば、何とかしてあげたいと思うのは親ならあたりまえか。


亘理に戻り、朝行った地下水のところに行き、水を汲んだ。


14:00頃、泉区の長男のところに着いて、水をおろした。子供も喜んでくれた。

ネットもつながるというので、子供のパソコンを使い、

mixiとモンハン仲間のBBSに書き込み、携帯のメールに返信、俺の会社に連絡をした。

妻が作ったおにぎりを渡し、カップめんをくれるというので、ありがたく頂戴した。


泉には友達がいるので行ってみた。

電気がなく夜が寒いと話すと、石油ストーブが2つあるので、貸してくれるという。

なんだか申し訳ないので遠慮したら、灯油も少ないのでいいよと言ってくれたので、

ありがたく借りることにした。

灯油は家にたっぷりあるので、灯油を明日持ってくる約束をして、空のポリタンクを預かった。

あるものとないものの交換だ。


家に帰り、石油ストーブをつけるとすごく暖かく、ばあちゃんも喜んだ。

家の中でダウンを着ることもなくなった。


亘理に帰ると、携帯はまた使えなくなった。


俺の会社の同僚Iと電話したときに、

Iの郡山(福島県)在住の友達のご両親が山元町に住んでいて心配していると聞いたので、

詳しいことを聞いてみると、避難所になっている坂元中学にいるらしいとの情報があるとのこと。

坂元中学は我が家から15分で行くことができる。

ただ、その近辺は被害が大きい地域で、車でいけるかどうか・・・

坂元地区の国道6号線は途中で通行できないとTVで言っていた。

妻は危ないから行かないほうがいいと言うが、

自分の親が被災している人の気持ちを考えると・・・

自分ができることをしたいと思い、明日調べに行くことにした。

携帯が使えれば、お互いに連絡がとれるだろうに・・・・

猫のエサを買うために、岩沼市のホームセンターへ行くことにした。

途中、ファミマの入り口に数人がいたので行ってみた。

店舗には入れないが、入口で、たばこと飲み物に販売をしていた。

もちろん水はない。

買うものがないのでファミマを離れた。


岩沼のヨークベニマルはホームセンターも併設してあるので、

どちらかには猫のエサがあるだろうと・・・・

ただ、開いているかどうか・・・


お、どちらにも、並んでいる!

まず、売り方と何が売っているかを確かめた。


ホームセンターには、ペットショップがあった。

電池やひょっとしたら、石油ストーブなんかあるかも・・・・

あまかった。

ホームセンターにはもう売るものがなくなっていた。

ペットショップには、商品がまだあり、猫のエサは買うことができた。


電気のない時の暖房について、

宮城の3月はまだ寒い。

夜になると、0度近くになる。

我が家の暖房は、エアコンと石油ファンヒーターの2種類だ。

石油ファンヒーターは4台あるが使えない。

やかんを乗せることのできる昔からの石油ストーブは、

すでに捨ててしまった。

あれがあれば・・・・・

我が家は風呂のボイラーは灯油なので、外に200リットルの

タンクがあり、灯油は充分あった。

しかし・・・・

1台は普通の石油ストーブは用意しておこうと思った。


妻がホームセンター、俺がヨークベニマル(スーパーマーケット)に

並ぶことにした。

ス-パーは、店の中では野菜売場のみ、外でその他の主に食品を

野菜は制限なし、店の外は1人5点の制限あり。

購入したものは、

店内で野菜、ピザ3枚、食パン

店の外で、カニカマ、笹かま、ちくわ、ヨーグルト、

       冷食のスパゲッティ、生ラーメン、卵など

並んだ時間は約1時間

買う方も大変だが、売る方も自分が被災者なのに・・・

本当にありがたい。


買い物を終えて、

妻の勤め先を見に行くことにした。


行けるかどうかわからないが、行けるところまでいってみよう。

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途中まで行ったところで、車は通れなくなったので、

歩いて行くことにした。

写真右奥の青い屋根が、妻の勤めるA社だ。

海から2kmだ。

このがれきの所まで津波は来ていた。

A社があったおかげで道路の右は瓦礫があまりない。

左は瓦礫の山になっている。

A社が防波堤のようになったのだ。


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A社を海側からみたところ。

A社の広場は瓦礫の山が2m以上の高さになっていた。


何も言えなかった・・・・・

家から10分の場所がこんなことになっているとは・・・・


家に帰って来ると、団地の入り口で何かを売っていた。

行ってみると、海に近い農協のストアで水をかぶった、

カレーのレトルトパックなどを格安で売っていた。


その横に、いちごのパックがあった。

亘理町は、いちごの産地で1月~4月頃までハウス栽培をしている。

大きくておいしいので、俺も知人に送ったりしている。

そのいちごのビニールハウスは海に近いところにたくさんある。

販売している人が、「今年最後のいちごですよ」と・・・

多くのビニールハウスが津波で無くなってしまったのだ。

最後のいちごを2パック買った・・・・


家に帰ると、何と炊飯器でご飯が炊けている!

まだ電気は復旧していないのに?

ばあちゃんに聞くと、

隣のSさんが炊いてくれたと言う。

お礼を言いにSさん宅に行くと、ぶ~~~んと発電機の音がする。

Sさんは板金業をしていて、発電機を持っていたのだ。

燃料のこともあるので、夕方に発電機を動かすので、

ご飯を炊いてあげると言う。

顔を合わせると挨拶をするくらいの付き合いだが、

なんとありがたいことか・・・

電気が復旧するまでご飯を炊いてもらった。


もうひとつ、水の情報をくれた。

あとからわかったことだが、我が家の団地の近くには農家が多く、

地下水を使っている家が多いのだ。

家から2~3分のところに地下水を開放している家があるというのだ!

場所を聞き、明日行くことにした。

Sさん、本当にありがとう!!!


これから、ご近所さん、友達、妻の同僚、いろいろな人に助けられる。

こちらから、してあげることはないかと必死に考えるようになる。

災害は本当に嫌だが、そんな中いいこともたくさんある。


我が家には2匹の猫がいる。

この猫が、地震が来た時に逃げ出した。

その後の余震では逃げ出すことはない。


ナナ:♀12歳 キジ猫 4kg
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小次郎:♂11歳 ミックス 8kg
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ナナは小次郎の母親です。

ナナは生後1.5ヶ月でもらってきた。

1年経って避妊手術をしようと思ったら、1度出産をしたほうが、

病気になりにくいと聞いたので、

一度、子供を産む経験をさせることにした。


ナナは5匹の子猫を出産しました。


5匹の子猫を飼うわけにはいかないので、

ネットと新聞に掲載してもらってくれる人を探した。

ただ、1匹は残したいねと家族で話をしていた。

割と早くもらってくれる人が、我が家にやってきた。

気に入った子猫を選んでもらい。

最後に小次郎が残った。


この小次郎が大変な経験をします。


小次郎が7ヶ月たった頃、

夜9時頃でした。

長男が、「小次郎が怪我して帰ってきたよ」と言ってきた。

慌てて見に行くと、なんだか様子がおかしいので、

遅い時間だったが、

動物病院に電話をすると、診てくれるとのこだった。

先生が言うには、

「交通事故みたいですね、爪がすり減っているので、

 これは車にぶつかったときに踏ん張ったんですね。

 これでよくかえってきましたね」

足と顎を骨折していた。


手術(足にプレートを入れた)をして、

ケージレスト(檻の中で飼うこと)をして、5か月・・・


足のプレートを取る手術をして、家に帰ってひと安心・・・・

術後なので、抗生物質の薬を飲ませていた。

2~3日後、薬を飲ませようとしたらすごくあばれて・・・・

俺が体を押さえて、妻が薬を口の中に入れようとしたとき、

小次郎が足を踏ん張った・・・・・・

ぽきっ・・・・・

治ったところをまた折ってしまった。


また手術をしてもらい、再び5か月のケージレスト。


その後は注意して今に至っている。

そのケージレストのせいで、こんなおおきな猫になってしまいました。

でも、こいつがかわいい。

ひとなつこい猫で、だれにでもゴロゴロ

こんな災害時にも癒される。


地震後、石油ストーブを借りてきて、火を付けたらこのしまつwww
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地震発生から3日目

いろいろな支援が始まるかな?と思っていると、

8:30頃、地区の班長さんが、「亘理町役場の近くで給水があります」

と、知らせに来てくれた。


早速、妻と水を入れるタンクを探した。

何と準備の悪いこと・・・・

給水なんて準備していなかったので、

俺は倉庫でキャンプ道具を探した。もうキャンプなんて何年もしていない。

妻は家の中で何かないか探した。

かなり汚れていたがキャンプ道具の中に、容量12リットルの水用タンクを

見つけた。が、それを洗う水がない。なんてこった

タンクの中を見ると、外ほど汚れてはいなかったので、

とにかく使うことにした。

妻は家の中で、容量10リットルのきれいなタンクを見つけた。

何のために買っておいたのかはわからないが・・・・

2個のタンクをもって給水所に行くことにした。


飲料水を入れてもいい、きれいな水用タンクを用意しておけばよかった。


役場に近づくと、なんだか人、車が多くなってきた、

給水所に着くとすでに500mくらいの行列ができていた。

駐車場に入れるかどうかわからないので、妻を先に下ろし並ばせた。


このあと、何度もいろんな行列に並ぶことになるが、

いつも、まず近くまで行き、車から妻を下ろして並ばせて、

俺は車を駐車して、列の先頭に行き、どうなっているかを把握し、

妻の所へ行くようにした。

行列をして、順番が来て目的のものが手に入らないなんてことも多いし、

災害時は、1人いくつといったように、数が制限されることが多い。

2人で行けば少しでも多くのものが手に入る。

(1家でいくつなんてこともある)

配ったり、売ったりする側は、自分のルールを作るので、そのルールに

合わせなければならない。早めにそこのルールを把握すると、

並ぶ時に周りの人にも教えてあげることができる。


はじめての給水の仕方は、給水をしているのは2ヶ所、1人6リットルの

制限有り、水の入れ物は給水の時にくれる。

災害用の水の入れ物(ビニール製)
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これがよくできていて、ビニールが厚く簡単には破けない。

いっぱいに入れて6リットルはいる。

写真左から入れるのだが、水を入れた後、折りたたんで、

マジックテープでとめて水が漏れないようになっている。

右の青いものは折りたたんだベルトで、これを使うと背負うこともできる。

給水所では、小さい子がこれを背負って、手伝っていた。

この水の入れ物は今でも使っている。



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自分の番が来るまで、なんと2時間・・・・

だれも文句なんか言わない・・・・

水をもらったあとは、みんな心からのお礼を言っていた。

結局持っていったタンクは使わなかった。でも後で役に立つことに・・・


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給水で並んでいるとき、隣のサッカー場にヘリが降りてきた。

救援物資かな?とおもったら、

降りてきたヘリの中から、荷物を持った人が4人出てきた。

報道関係の腕章をした人が、ビデオカメラで撮っていた。

孤立したところから救助された人だった。

自分の住んでいるところが被災地であることを実感させられた。


次は、猫のエサがなくなりかけていたので、

どこか売ってないかと考えた。


自分の無事を知らせる手段がなかなかない。

時間は前後するが、3/11の夜は携帯が少し使えた。

俺はスマートフォンだったが、ネットがつながったので、

mixiとオンラインゲーム仲間のBBS(掲示板)に書き込みができた。

妻はi モードだが、全くと言っていいほど通話、メールができなかった。

地域的なことかもしれないが、i モードよりスマートフォンの方が使えた。

だからスマートフォンが優れているということではないが・・・

何が一番良かったのか、あとでわかるのだろう。


水をもらって帰ってきて、家の中の片付けをすることにした。


今思えば、家の中の写真を1枚も撮っていなかった。

気持に余裕がなかったんだなぁ。


1階は、ばあちゃんに任せ、俺は妻と2階を片付けることにした。

まず、廊下をふさいでいる3つの本棚、廊下は狭いので、

倒れはしなかったが3つとも傾いてすべてのものが落ちていた。

重なって山のようになっているCD、本、釣道具などを片付けて、

その先にある2つの子供部屋をみると、いろんなものが散乱していた。

大きく壊れているものはないようなので、安心した。


一番ひどかったリビングの片付けをした。

どこから手をつければいいのか・・・・・・

リビングは、仕事の事務所と兼用しているので、パソコン、FAX等と

いろんな生活用品がある。

広さは約10畳で本棚(倒れてしまった)机、パソコンラック、TV、TV台、

ソファ、コタツがあり、ものが散乱し、足の踏み場もなくなっていた。

端から、少しづつ手を付けていった。

17:00頃暗くなってきたので終わりにした。


前日もそうだったが、停電しているので、真っ暗になる。

夜の停電は気持ちも暗くなる。

近所は家もたくさんあるが、外に出てみると月明かりしかない。

どこの家も、一部屋だけ、ぼ~~~っと明るい。

みんな、家族が一部屋に集まってろうそくや懐中電灯での生活に

なっているのだろう。

誰かが後で言ってたが、キャンプ用のランタンがあるといいみたいだ。

今だったら、災害の前に揃えておくものはよくわかるが・・・・


夕ご飯は、ピザとカップめん

すごく美味しかった。


食後は、車でTVを見て暖をとった。

TVで出てくる映像が、衝撃的で、

前日よりいろいろな地域の死亡者、行方不明者のアナウンスに

息を飲んだ。


俺の仕事は東北を車で営業している。

今回の災害地域は、ほとんど行ったことのある、よく知っている地域だ。

岩手県の釜石は、俺が生まれて、高校まで住んでいた。

壊滅した陸前高田市は、中学の時、バレーボールの県大会で行った、

思いで深い場所だ。

八戸、久慈、宮古、大船渡、気仙沼、石巻、塩釜は仕事でお世話に

なっている人がたくさんいる。

どうなってしまったんだろう・・・・

知人の安否はどうなのか?


亘理町の1/3が壊滅したとの報道に俺も妻もショックを受けた。


明日は水をどうやって手に入れるか・・・・

生活用水はどうすればいいのか・・・・・

自分の無事をどうやって知らせればいいのか・・・・

知人の安否情報をどうやって手に入れるか・・・・


俺は家があり、家族が無事だったので本当によかった。

体は無事でも家がなくなってしまった人がたくさんいる。

避難所は、床も硬く、寒いはず・・・

俺はよほど恵まれていた。


余震がまだ続いていた・・・・