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ムーのブログ

東北関東大震災を経験して・・・・
宮城県亘理郡亘理町在住

地震発生後、余震が続くとよく言うが、こんなに余震が続くなんて・・・

しょっちゅう余震の揺れで起きてしまう。1時間と眠れなかったような

気がする。妻はとても怖がっていた。


一夜が明けた。


8:30頃起きて、まずトイレを流すために、池の水を汲む作業。

池の水は、ジョウロで汲んで、プラ灯油缶に入れ運んだ。

水洗トイレのタンクは18リッターで約2回分(ちょっと足りない)、

タンクに水が少ないと、水圧が弱く流れてくれないので、

タンクの上部まで水を入れた。

小のときは流さず、大をしたときは流すといった具合で使っている。

池がなかったら、どうするんだろう・・・・?


朝ごはんは、昨日のご飯が残っていたので、ガスを使い、

妻がチャーハンをつくり、食べた。

このとき、水がなく食器が洗えないので、

妻が、大きめの皿にアルミ箔を敷いて、食後はアルミ箔を捨てる方法

を考え付いた。大きめの皿は、ワンディッシュでご飯とおかずを

のせれるので、今でも使っている。


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箸などは使わず、プラスティックのフォークを使い、食後はティッシュで

拭いて使っている。


この時点では、飲料水も、生活用水もほとんどなく(池の水はあるが)、

どうしたら水を使わずにすむかをみんなで考えた。

ハミガキ、顔を洗う、手を洗うなどなど


飲料用とご飯を炊くための水は、湯沸かしポットの水しかないので

なんとか、水を確保しなくてはと思いでかけることにした。

幸い我が家には車は3台あり、そのうち2台がプリウス(1台は営業車)で

ほぼ満タンだったので移動手段は問題がなかった。

(プリウスは満タンで約800~1000km走行できる)


亘理町にはコンビニが数軒あるが、すでに長蛇の列か、閉店していた。

並んでも水なんてあるはずがないと思い、通り過ぎた。

スーパーも数店あるが、なかなか開いているところはない。

走っていると、農協のふれあい広場(亘理町逢隈)が開いている、

あまり並んでいない。

さっそく駐車場に入り、店の中へ

日持ちするレトルト食品を探した。

ハンバーグとてりやきチキンのレトルトがあったので購入

あとはピザ(できてて、焼けばいいもの)、アクエリアスなど

このピザがよかった。

フライパンであたためて食べたがすごくおいしかった。

案外買う人が少なく、この後も買い物に行くとピザを買った。

電気がきてないので、レジは使えず、店の人は電卓で計算、

検算などできるわけもなく、適当な感じだが、

価格は通常の半値くらいだった。

店を開けてくれるだけで、本当にありがたかった。


さあ、本題の水は・・・・・・

手に入らない・・・・・

このまま帰るか?


そんなとき、亘理警察署の隣のサッカー場で、トラック3台が何かを

配っているのを発見!

あ!ペットボトルの水を配ってる!!!

急いで行ってみると、「1人1本ですみません」と言いながら、配ってる。

どこからの配給かわからないが、お礼を言って1本いただいた。

配り始めたところらしくまだ、並んではいなかった。

本当に、これが命の水でした。
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1人1本ならと思い、急いで家に帰り、妻とばあちゃんを連れてまた

行った。さすがに俺は並ばなかった。

この日はまだ給水などはしていなかった。


これで2リットルの水が3本になった。

ご飯は炊ける。

すごい安心感・・・・ほっ


行動ができればこそ何かが手に入る。

俺の場合は車で移動できたからいいが・・・・

(営業車は地震が起きる、午前中に満タンにしたばかりだった)

車があっても、燃料がない、となれば行動できない。


ただ、思うことは、今自分がどういう環境で何が使えるのか、

を考え、先を見ながら行動するということかな?

これは、人それぞれ違うと思うけど・・・・・


妻の会社(山元町)では、ちょうど休憩時間で、妻は休憩室にいた。

会社は基盤の組み立てなどをする会社で、

社内の機材は、めちゃめちゃになっていた。

地震の揺れが終わり、5~60人の社員が外に集められ、

会社の幹部が相談をし、

社長が、「今日は仕事にならないのでお帰りください」

      「明日はとりあえず出社してください」と話をした。

このとき、あとで会社が津波に襲われるとは・・・・思いもしなかった。


妻の会社は、海岸から約2kmだった。


地震発生が、   14:46 

会社を出たのが  15:02 

(ちょうど駐車場に行ったところで俺のメールを確認)

帰宅したのが   15:20


後でわかったことだが、山元町に津波が到達したのが、15:50頃

会社の素早い判断に感謝!!

我が家は国道6号線沿いの西側の高台にあり、2階のベランダから

津波は見えたはずだが、家のことが気になり、見ていなかった。


津波後の様子、水が見えるところが津波の最終地点

我が家から約2km
ムーのブログ-津波01

家族がそろい、いろいろ調べてみると、電気と水道が止まっていた。

ガスはプロパンガスなので調べたら使えた。

(本当は、すぐ使うとガス管が壊れたりしていることもあり危ない)

実は、地震直後は電気も水道も止まってはいなかった。

いつ、止まったのかはわからないが・・・・・

だから、止まるとは思わずに、水を溜めることはしなかった。

今思うと、水が出ているときに溜めておくべきだった。


まず水はあるかと思い調べたら、ミネラルウォーターの買い置きは

ない。風呂の水も空、かろうじて湯沸かしポットの中に湯があった。

トイレを流す水はない。


さて、どうするか・・・・


飲料水はないが、PEPSI500が10本、野菜ジュース10数本が

あったので、飲むものは問題ない。

妻は水さえあればご飯は鍋で炊けるというので、これも問題ない。

トイレはどうするか?

我が家の庭には池があったので、池の水(とても汚いが)を使う

ことにした。

この池は、13年前に亡くなった父がどうしても池がほしいと言って

造ったが、父の死後は誰も何もしていなかった。父に感謝!


16:30頃、一応、ミネラルウォーターを買いに、車で出かけてみた。

近くのローソンと、セブンイレブンはもう行列ができて、駐車場に

入れない状態だった。

異様な雰囲気だったので、途中で何も買わずに戻ることにした。

その帰り道、路上に駐車している車がやたらに多い???

後からわかったことだが、津波から逃れてきた人たちが、

恐怖心からか、少しでも高いところにきて、駐車してたのだ。


そうこうしてるうちに、17:00頃、妻の会社の同僚がやってきた。

子供2人を連れて、おびえたような顔をしてた。

話を聞くと、

地震直後、2人の子供を迎えに学校に行き、自宅に戻ろうとしたら

途中で、道路にいた人に

「もどれ!もどれ!」と言われ、前を見ると津波の水がみえたので、

慌てて、Uターンをして戻った。

まさしく津波に追いかけられたそうだ。

怖くて、少しでも高い所に来て、妻のことを思い出し我が家に

やってきた。


暗くなってきたので、

明かりは、ろうそくと懐中電灯

災害用に用意していたわけではないが、ろうそくは仏壇に結構な

本数があった。仏壇のない家庭ではろうそくはないだろう。

懐中電灯は単1の乾電池だったが、電池の買い置きがあった。

乾電池も市場からなくなるので、懐中電灯に合った電池を

買い置きしておくべき。


夕食は、以前知人にいただいた、

横須賀海軍カレーのレトルトパックを中身を出して鍋で温めて、

ご飯は鍋で炊いて6人で食べた。

おいしかった~~~~

が、食器、鍋が洗えない・・・・

まあ、災害後、最初の食事なので仕方がなかった。

このあと、妻がいろいろ考えてアイディアを出す。


電気がないので、暖房もない。

家の中でダウンを着て寒さをしのぐなんて・・・・


食事後、TVが見れないので情報がない。

車のTVで情報収集することに。

車は、温かくTVも見れるので最高!

携帯の充電(車用の携帯充電器はとても役に立った)もできる

ので、これも助かった。


TVを見て、愕然とした・・・・・

まさか、こんなことになっているとは・・・・

今思うと、被災地が一番情報が取れにくいということ

我が家から、わずか数キロのところで、町が壊滅し、たくさんの

人が亡くなっている。

アナウンサーの一言一言に驚愕してしまった。

まだまだ、情報は少なかったが、

大変なことが起きてしまったのは理解できた。


地震後、携帯(スマートフォン)は通話はできなったが、

メールは使えた。

子供と会社(横浜本社)に、無事メールはできた。

家電話を試してみると、何と俺の会社の社長の携帯につながり、

こちらの様子を知らせることができた。

無事を伝える手段がなかなか厳しい状態になってしまった

ことには、とても困ってしまった。

何のための携帯なのか・・・・・?

この後、携帯(通話、メール)、家電話はほとんど使えなくなる。


1日目は早めに就寝し、明日に備えることにした。zzz

3/11 午後14時46分 地震発生


自宅の2階にいた。


我が家は、セキスイ2×4 H3築 総2階の2世帯住宅、

母が1階、我々夫婦が2階に住んでいる。


揺れが始まったとき、TVを見ていた。

少し、揺れが大きくなったとき、2匹の猫がすごいスピードで

どこかに逃げたので、これはおかしいと思った。


揺れが大きくなってきたので、

リビングの液晶TVを守るため、TV台とサイドボードを抑えてた。

いつも、大きい地震がくるとそうしてたので・・・

サイドボードの上に置いていたVTRテープ、賞状、飾り物等が

頭の上に落ちてきた

揺れがだんだん大きくなり、リビング横の台所から、

食器の割れる音が続く・・・

サイドボードを抑えながら、横を見ると、机の上の積み重ねたCD、

本棚の書類、本が崩れていく・・・

すると、更に揺れが大きくなり、とうとう本棚が倒れてしまった。

まだ揺れがおさまらない!

揺れというか、家が誰かに持ち上げられて上下に動かされているようだ!

今までに経験したことない地震だ。


これは、家を出て逃げたほうがいいのか・・・


地震よおさまってくれ~~~って叫んでいたような気がする


もう落ちるものも、崩れるものも、割れるものもなくなり

だんだん揺れがおさまってきた。

やっと揺れが終わった。


さて、家はどうなったのか・・・・


まずは、1階のばあちゃんの安否確認をしたら、ばあちゃんは無事・・・・ほっ


1階は特に家具などは倒れていない。

家の中の被害を調べた。


   1階:リビングのサイドボードの中の食器が破損
      リビングの書棚の上に飾ってあった、つぼ、鷲の飾り物などが

      落下し全て破損
      21インチTVがTV台から落下
      台所の作り付けの食器棚の棚板がはずれ、食器が一部破損
      和室の仏壇がずれて、中のものは全て倒れたが、壊れなかった
      ばあちゃんの部屋の液晶26型TVはTVから落下したが壊れず
      サンルーム、重ねていたダンボールなどが崩れたが

      特に壊れはしなかった
   
   2階:リビング、本棚倒れ、積んでいたCDなど総崩れ、
      液晶46型TV、液晶32型TVは倒れず
      パソコン3台のうち2台落下、プリンタ落下
      パソコンラック2台の上にあったものが全て落下
      サイドボードは倒れはしなかったが、中のものは落下
      サイドボードと本棚の上に置いてあった物は全て落下
      寝室、クローゼットの中の衣装箱など落下
      カラーボックス内の本落下
      廊下、3つの本棚が傾き、中のCD、本ほとんど落下
      子供部屋、本棚、パソコンラックのなか、ほとんど落下
      パソコンラックの上においてあった液晶22型TVは落下したが

      壊れず
      クローゼットの中の物は崩れていた
      台所、作り付けの食器棚の棚板がはずれ、食器が外に落下し 

      ほとんど破損
      上部の棚のなべ等がほとんど落下

       (扉はあったが全て開いていた)


こうしてみると、1階より2階のほうが揺れたような気がする。

家自体は、

 中は、2×4のユニットの継ぎ目のクロスが少し避けている程度で

 歪みなどはなし、

 外は、やはりユニットの継ぎ目で外壁の化粧がひび割れしていたが、

 中までは達していない模様

 土台のひび等はなし

 庭に小さな地割れ、車庫等のコンクリートの継ぎ目にクラック

 ブロック塀は特に問題はないが、いちばん上の化粧ブロックは

 接着が取れていたので、

 落下すると危険なので下しておいた。


もう一人の家族、妻は仕事に行っており、

15:02に安否確認メールをした。

妻の会社は、ここより海に近いところにあった。


津波注意報が町内放送でしきりに流れていたが、

この時点では、あんな津波が来ることなんて、誰も思わなかった。


宮城県亘理郡亘理町に住むムーです。


東北関東大震災の真っただ中にいます。


私自身は家の中がめちゃくちゃになりましたが、

家族、猫2匹、みんな無事でした。


ブログ開設は、被災地の様子、特に一般家庭での情報発信をして、


少しでもお役にたてればと思いました。


報道には出てこないことも書いていこうと思います。