私たちの国土を巡る水は、私たちの身体や心のありよう

そのものを表しているのではないでしょうか。
 

豊かな水を汚しているのは、私たち人間の都合です。

日々の利便性のために使われる農薬や化学薬品、洗剤

や除菌剤が、気づかぬうちに川や海を傷つけています。

 

度重なる洪水や台風などの自然の異変は、水を守り続け

てこられた龍神様からの切実な警告のように感じられて

なりません。
 

水を汚さない生活が理想ですが、現代を生きる私たちに

とって、完全にそれを避けることは難しいのが現実です。

 

だからこそ、ただ無力感に立ち止まるのではなく、

少しでも水を本来の姿へ戻す行動が求められている

のだと思います。
 

たとえ一人の行動は小さくても、水に感謝し、

調和を取り戻そうと目覚める人が増えれば、

それはやがて絶大な力になります。
 

私はその祈りを胸に、これからも川の浄化活動を

続けていきます。
 

スサノメグミを通じてマコモ菌の確かな働きを川に

届けること。

それが本来の清らかな巡りを取り戻す一助になると

信じて、今日も一歩ずつ、実践を重ねてまいります。

畑をやっていて分かったことがある。

同じ種でも、同じ土でも、
育てる人間の手が変われば、出来る実はまったく違う。

人生も同じだ。

起きた出来事は選べない。
だが、その出来事から何を育てるかは、
100%こちらの手の中にある。

多くの人は、ここを勘違いしている。

失敗や裏切りや恥を、
「終わった出来事」として棚に置いたままにする。

そして棚の奥でそれが腐り始めても、
気づかない。

腐った過去は、静かに今の自分を蝕む。
言い訳という形で、じわじわと。

「あの人のせいで」
「あの時代が悪かった」
「自分にはもともと無理だった」

これは分析ではない。放置だ。

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在り方が先、やり方は後。

これは、起きたことをどう感じるかより、
起きたことをどう扱うかを先に決めろ、という意味だ。

同じ失敗をした二人がいたとする。

一人は、失敗を証拠として棚に置く。
「自分はダメだ」という証拠として。

もう一人は、失敗を材料として畑に入れる。
「次はここを直す」という肥料として。

出来事は同じ。
扱い方だけが違う。

数年後、二人の畑はまったく違う顔をしている。

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もう一つ、忘れてはいけないことがある。

畑は、隣の畑と比べても何も育たない。

隣の畑がどれだけ立派に見えても、
自分の土、自分の種、自分の手のことしか
自分にはどうにもできない。

比較している時間は、
自分の畑に一滴の水もやっていない時間だ。

だったら問うべきことは一つ。

今、自分の手元にある土と種で、
何を育てられるか。

才能がなければ時間をかければいい。
知識がなければ学べばいい。
環境が悪ければ土を作り直せばいい。

できない理由は、いくらでも見つかる。
だが理由を探している間、畑は何も育たない。

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私はよく聞かれる。

「あの経験がなければ、今の方が楽だったのでは」

答えはいつも同じだ。

楽だったかもしれない。
だが、今のような畑にはならなかった。

失敗も、裏切りも、恥も、孤独も、
今の畑を作った土の一部になっている。

それを認めた瞬間から、
過去はもう「終わった不幸」ではなくなる。

今、自分が育てているものの、
成分の一つに変わる。

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過去は選べない。
これは動かしようのない事実だ。

だが、その過去から何を育てるかは、
今日、この瞬間からでも変えられる。

畑を腐らせたまま放っておくか。
それとも、今日から手を入れ直すか。

決めるのは、いつも今の自分だ。

體が語りかけていたこと

先日、あるクライアント様との出会いがありました。

 

数年前から突然、體が硬直し始め、車の運転ができなくなり、

 

やがては一人で歩くことすら難しくなり、

 

呼吸も苦しくなっていったといいます。

 

病院で精密検査を受けても「異常なし」。

 

東洋医学、鍼灸、整体と、あらゆる場所を訪ねても、

 

原因はわからないままでした。

病名すらつかない。けれど體は確実に、

 

日に日に硬直していく。そんな中でご縁があり、

 

私のコーチング(全6回)を受けていただくことになりました。

 

1回目 ― 押し殺してきた過去との対面

1回目のセッションで炙り出されたのは、幼少期の苦しみ、

 

恐れ、不安、そして心の傷でした。

 

ご自身でその存在を認めていただいたとき、思った通り、

 

長年押し殺してきた過去が次々と溢れ出してきたのです。

ご自身でも忘れていた、思い出したくなくて蓋をしてきた記憶。

 

それを勇気を持って開けてみることで、当時の記憶が蘇り、

 

号泣されました。

点と点がつながる瞬間

涙が流れたあと、これまでバラバラだった点と点が、

 

少しずつ繋がり始めていきました。

 

ご本人も驚きと懐かしさが入り混じったような、

 

感慨深いご様子で、しばし放心状態に。私はただそこに寄り添い、

 

ご自身の力で過去の自分を癒していく時間を見守りました。

すると、次第に表情が明るくなり、

 

笑顔が見られるようになっていったのです。

 

あれほど硬直していた體も、少しずつ緩み始めていきました。

 

「ブロックを外せば変わる」の先にあるもの

 

巷では「ブロックを外せば変わる」とよく言われます。

 

ですが実際には、そんな単純なことではありません。

 

幼少期から数十年にわたって覆い被せてきたものは、

 

山ほどあるのです。

確かに変わり始めます。けれどこのまま放置してしまえば、

 

また元に戻ってしまう。その程度の効果でしかないのです。

 

トラウマや心の傷を見つけること――それはあくまで序章に過ぎません。

本当に大切なのは、その傷を魂レベルで癒すこと。

 

私はそう考えています。魂レベルで癒すとは、

 

一体どういうことなのか――それはまた、次回にお話しします。

つづく

 

 

私のコーチング『心と體の統合コーチング』を詳しく知りたい方https://kokorotokaradanotougoukoutinngu.hp.peraichi.com