友達から、もて勤さんのCDを送っていただいた。
(ありがとうございますー)
すっごくいい曲なんだー![]()
やはり、歌う武将も踊る武将もかっこいいですな。
手拍子だけの武将でもいいけど・・・
いろんな武将が見れて楽しい。
2月8日、冬の陣の思い出の続き。
前回までのあらすじ。
瞳をとじれば目に浮かぶ。
他人事のように手拍子してるあの御方の雄姿・・・
って、それ別のイベントの思い出じゃん!
愛武の次は、ごさんねん合戦絵詞の皆さん。
しかし、準備があるらしく、司会のおにーさんが出てきてしゃべっている。
この隙に、トイレ行っちゃおうかな・・・
なんて思っていたのだが。
義光公と鮭延さんが出てきちゃったー!
あわてて、動画撮影スイッチオン。
毎回こういう形式だと、ずっとトイレに行けなくなってしまうよー。
義光公と鮭延さんは主従なわけだけど。
いつも一緒に行動してるから、なんかおじーちゃんと孫みたい。
(義光公、失礼なこと言ってますけどごめんなさいっ)
コワモテと猛将なのに、なぜかほのぼの感が漂うよ。
普段は見られない武将隊様とのコラボステージがあると、鮭延さん。
そこが見所じゃなと、義光公。
司会のおにーさんに、雪灯篭を見てきたかと話を振られた義光公。
とたんにしどろもどろになる。
多分、忙しくて見れてないんだろうなー。
お弁当を食べてないというようなことを若も言ってたもの。
なんたって、主催者だからね。
夜が楽しみでございますと、鮭延さん。
冬の陣が終わってから見れますと、おにーさん。
義光公も、夜がきれいなんじゃと。
ああ、一緒に雪灯篭見たかったですー・・・
米沢以外から来た人の挙手を求められ、たくさんの手が挙がる。
(ていうか、ほとんど米沢以外?)
米沢は、ちょっと前まで雪不足が心配されていたが、ここ数日降り続いて真っ白いパウダースノーになったと。
義光公からパウダースノーなんて言葉が出ると、なんか萌える。
次のステージの紹介。
秋田より、わしの御先祖さまの源義家殿が率いる後三年かっせんえことば・・・非常に舌を噛みそうな・・・皆様がおいでいただいております
特にな、秋田弁を駆使した聞き所じゃ
ぜひ楽しんでいただきたい
義光公は、源家の子孫だったのね。
(ちなみに鮭延さんは、京極家と同じく佐々木家よね!)
で、ごさんねん合戦絵詞の皆さん。
会ったことのない武将隊なので、ちょっと調べてみた。
後三年役の舞台となった秋田県大仙市の市民団体がつくった武将隊らしい。
メンバーは、八幡太郎源義家殿と、奥州藤原氏初代清原(後に藤原)清衡殿。
秋田県南地方の観光案内がお仕事。
秋田弁のステージがおもしろいらしい。
以下、動画記録がないので記憶だけなのだけど。
清衡殿が主にしゃべって、義家殿がボケたり突っ込んだりの形式。
清衡殿は、文字にするのが難しいような秋田弁でお話なさる。
しかし、私は非常にスムーズに聞き取れているぞ。
なんか、その辺の近所のおっちゃんの話聞いてるみたーい。
一般的にはあまりなじみがないと思われる後三年役についてわかりやすく説明してくれる。
しゃべりもなかなかおもしろい。
2人の微妙な空気感は御愛嬌。
しかし、課題が多そうだ。
新メンバーなのか、女性も登場したのだけど。
この人たちが全然慣れていなくて。
まぁ、音響トラブルとかもあるのかもしれないけど。
ナレーションがつっかえちゃダメでしょ。
明らかに台本棒読み。
しかも、噛む。
噛むというかまともに読めてない。
そんなんで説明されても、全然理解できません。
なじみの薄い時代に挑戦してるとこ。
方言を駆使したしゃべり。
すごくおもしろそうな武将隊だけに、ちょっと残念。
あえて、辛口の感想を書きました。
ごさんねん合戦絵詞のステージが終わると、再び義光公と鮭延さんが登場。
(そして動画スイッチオン)
せっかく秋田から来てくださったので、わしらとコラボステージをやろうと。
(御先祖&御子孫のコラボですな!)
ステージというか、「最上義光の源は源義家」と題して家系図を使って義光公と義家殿のつながりや歴史を説明しようというもの。
ステージに、巨大なスクリーンが下りてきた。
義光公の五百年ほど前、平安後期に源八幡太郎義家の名前が出てくると。
「改めてご先祖さま、米沢の地を訪れてくださりありがとうございます」
「こちらこそ」
両者互いに深々と礼。
スクリーンに家系図が映し出される。
BGMに和風音楽が流れるんだけど、聞きづらい。
マイクもそうなんだけど、なーんか音響が不調な感じ。
(あの御方はいないのに・・・)
みんな聞こえるかーと、マイクを変える義光公。
清和天皇から初めて源姓が出てくる。
そこから少し下がると、もう義家殿の名前が出てくる。
1039年のお生まれだそうです。
1083年に後三年役だそうで。
えー、義家殿ってばああ見えて44歳なのかー。
後三年役の後、清原清衡殿は藤原姓となり、奥州平泉に平安京にも負けぬ文化を築き上げる。
ここは、鮭延さんが説明しているのだが。
清衡殿が何もしゃべってくれない。
さっきあんなにしゃべってたのにと突っ込まれるけど、苦笑して手を振るだけ。
演武が終わったばかりで疲れきってるのですなと。
しかし、「前九年、後三年でおらは家族皆す(死)んですまたし、仲間も敵もすこだます(死)んですまて・・・」訥々としゃべり始める。
なんか悲しい話になってきた・・・と、苦笑する義光公。
こういうことはもう二度とあってはならないと、仏国浄土をつくろうと平泉をつくったそうです。
平泉文化から鎌倉幕府成立。
義家殿から五代目に源頼朝。
源から足利姓が派生し、足利尊氏の室町幕府。
鮭延さんが的確に鎌倉幕府とか室町幕府とか言うので、「カンペでも持ってるのか?」
「いえ、そこに書いてあります」などという会話の後。
斯波の姓を名乗る人があらわれ、その系統が山形に入府して最上姓を名乗ったと。
そこからずーっと下がって義光公の名が出てくる。
お父さんの義守公とは仲たがいもしたけど、死んじゃったので供養しているなんて話も出てきた。
うんうん、最上家の歴史おもしろーい。
家 私の血筋ということは、かなり短気なのか?
光 んっ?!
家 短気なのかっ?
光 わしが・・・いや、短気っちゃ短気・・・いや、民を思い・・・
鮭 相当動揺しておられます
光 時々パーンとかな
家 それこそわしの血筋じゃな
光 ありがとうございまする
置賜の地には、義家殿の逸話が幾つか残されていると。
(あ、うちのとこにもいろいろあるよー)
光 覚えておられますか?
家 そうじゃな、何個かは・・・
首と手をぶんぶん振ってる清衡殿。
光 わしの御先祖さまって結構ウソつくの好きなんです
ちょっとそういうとこも似てるかもしれませんな
白鷹町の釜の越桜 の映像が映し出される。
ここにある石で義家殿がご飯を炊いたとか。
なんか、義光公も訛りだして説明。
家 覚えでるよな覚えでねようなそんな感じだっす
東北弁が飛び交う。
白鷹町の八乙女八幡神社 の映像。
光 覚えでるがっす?
家 大分綺麗になっとるの
光 おお、覚えてるの
鮭 覚えてるぞ・・・(ちょっと眉を顰めて)
ここは、義家殿が若い女の子を8人とっつかまえて踊らせたとこだそうです。
光 8人は多すぎますぞ、御先祖さま
家 申しわけない・・・
光 5人までにしときなさい
鮭 5人ならいいのですか?!
こんな感じで、コラボステージはもうちょっと続きます。
(なんか、後三年の皆さんの演武の話より長くなってるぞ)
つづく







