あるじさまを探して・郷土史講座3回目編 | エメラルド

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真田家の立派な家来になるために、真田家のお勉強。

本日は、2週間ぶりの郷土史講座。

またまた蔵王町に行ってまいりました。


先週は、実家に行ったしね。

土曜日は、ほぼ家にいない不良主婦。

よその家に比べたら、すごく恵まれてるのかもしれないけど。

感謝すべきことなのだけど。

でも、今日は(昨日から引き続き)すっごく腹立ってて、罪悪感すらなかったわぁ。


ともかく、家族に昼食を供してから出かけるので、遅刻は必然。

車を飛ばして、少しでも早くつきたい。

2週間前の錦の絨毯はどこへやら。

眼前に広がる山々は、白い粉を刷いたよう。

麓の木々はまだ黄色いけど。

雪とのコントラストで、かえって寂しい感じ。


そんなこと思ってたら。

県境部は、雪。

幸い、道路には積もってないけど。

路肩が白くなってて。

ああ、雪かきしたんだろうな。

道路濡れてるけど、凍結じゃないよね?

心配になって、スピード出せない。

(ま、道路が乾いてるとこは、飛ばしましたけどね)


途中、筆子塚とか探したいけど、そんな余裕もなく。

ああ、いつになったら私は、バスツアーのリベンジができるのだろう?

ございんホールに到着。

本日も、遅れてこっそり入室。


例によって、講義の内容は詳しく書かないけど。

喜平太さんて、やっぱり勤王派なんだよなぁ。

とにかく、会津討つべしなんだよね。

藩主や他の家臣たちは情に流されてる感じだから。

喜平太さん、勤王派というより伊達家を守りたかったのかな。


もしも私が幕末の仙台藩にいたら、絶対喜平太さんと対立してたと思うな。

私も、ほとんど情に流されるというか。

新政府軍偉そうで嫌いとか、会津がかわいそうとかで動くもの。

喜平太さん言うところの奸物なんだろうな。

もしかして、喜平太さんの中の真田の血が徳川を許せなかったのか?

ブレない人だなぁ・・・


仙台藩、最初は官軍として会津と戦います。

先陣は、片倉小十郎。そして、伊達藤五郎(成実殿の子孫?)

その中に真田の名もあって、ちょっとドキドキ。

すごい顔ぶれがそろってるー。

(でも、私は会津擁護)


仙台藩と会津藩が戦った土湯口の戦い。

果たして、会津藩兵の中に尚之助さんはいただろうか?

今回出てきた仙台藩の人々の名前って、今読んでる尚之助さんの本にも登場してるのよね。

接点は、ないみたいだけど・・・


世良修蔵は、とかく悪役というか東北人には嫌われてると思うけど。

(実際、私も大嫌いだけど)

でも、今日の講義を聴いてると、ちょっと印象変わる。

もしもあそこで殺されてなかったら。

歴史は変わったものになってたのかな?


そんな世良修蔵に「先生」と呼ばれてる喜平太さん。

一方では「表裏」とか言われてたりして。

まぁ、表裏って言葉にはちょっとときめくけどさ。

(昌幸公の血ですかね?)


今日は、奥羽鎮撫使の話だったので、白石城は出てくるし。

世良修蔵の埋葬で傑山寺は出てくるは、月心院は出てくるわ。

別の意味でときめいた。

月心院の跡地って、行ってみたいなー。


あ、なんか長々と書いてしまったか・・・


そして、今日も終わってから個人的に質問。

喜平太さんと関係ない話ばかりなんだけど。

いろいろためになることが聞けて、ありがたかったです。


その中で、大條孫三郎という人のことをちょっと聞いてみたんだけど。

この人、明治になってから伊達姓に復姓したんだってね。

(そもそも伊達家の人だった)

そして、その子孫がサンドウィッチマンの伊達さんだそうで。

いやぁ、偶然とはいえおもしろい話が聞けました。


ございんホールを出て、今日もたまご舎へ。

次男が、ここの卵かけ御飯用しょうゆがすっかり気に入ってしまったもので。

すっごくおいしそうなお菓子なんかもいっぱいあって。

私も、すっかり気に入ってしまった。

いつか、次男と2人で来てみたいな。


講座は次回で最終。

今後、たまご舎に行ける機会はあるだろうか?

(心配するとこ、そこかっ!)

いや、真田家の軌跡を訪ねて、また行くと思うけど。


ともかく、来週も雪が降らないといいな。

それから、14日の白石も行けるといいな。

さらに、22日も白石行きたいな。

無理っぽいけど、裏工作して何とか行きたい。

とにかく、雪が積もらないように。

(やっぱり毎週出かけるつもりかぁ・・・)