また来年も、この地で甲冑が着たい。
9月8日、岩出山での楽しかったまつり。
あの日の思い出の結末。
前回までのあらすじ。
龍神さまの計らいか、雨は小降りになったけど。
行列はまだまだ動かない。
兄者と写真撮って出陣待ち。
ポチくんたちはどこにいるのかなー?
伊達武ってどこで何してるんだろう?
気になっても、この場を動くわけにはいかない。
毎度のことだけど、だらだらと待っている。
いろいろ写真撮ったりしてるうちに、やっと少し動きが出てきた。
いよいよ整列するらしい。
名前を呼ばれた順に並んでいく。
「小梁川宗重殿」
おお、兄者は随分と前の方だなぁ。
やっぱり、兄者の方がずっと位が上なのかな。
そんなこと考えてたら。
「塩森宗朝殿」「塩森殿!」
おぉっと、わしが呼ばれてるではないか。
「小梁川」ばかり気にして、「塩森」に反応できんかったぞ。
出発の前に、勝鬨。
抜刀して「えいえいおー」なんだけど。
刀が抜けない。
どーしても最後のところで引っかかる。
だ、大丈夫なのかこんなことで。
でも、今日は真田家の家来じゃないからいいかぁ・・・
(またそういうことを・・・)
もう、途中で抜刀する時は脇差し抜いちゃおう。
そんなぐだぐだした感じだけど、いよいよ出発。
沿道には、人がいっぱい。
さっき閑散としてたのが嘘のよう。
やっぱり、雨降りだったからみんなどこかで雨宿りしてたのね。
アナウンスが繰り返される。
たくさんのカメラが向けられる。
声援が飛ぶ。
ああ、やっぱりいつものこのまつりだわ。
前の人や隣の人との位置を気にしつつも、武士らしくまっすぐ前を見て歩く。
途中、友達を見つけられるといいんだけどな。
ポチくんや伊達武に会えるといいんだけどな。
いやいや、伊達家家臣塩森宗朝として、きっちり歩くのだ。
おっと、また隣の人より前に出てしまってるぞ・・・
我が名は、塩森宗朝。
兄者と2人、小梁川の家を盛り立てていこうと思っていたのに。
わしは、塩森の家に養子に出されてしまった。
なぜわしは名門小梁川を名乗れないんじゃ?
わしが弟だからか?
それで、つい不満を爆発させて、伊達家を出奔してしまった。
京屋敷が近くて顔見知りもいたので、真田家に転がり込んだ。
あそこの次男坊は気さくな御方で、おもしろがってくれてな。
しかし、嫡男信幸公に目通りかなったときに、諭された。
「兄というのは、なかなか大変なものだぞ。特に、血気盛んな弟がいたりするとな・・・」
そんなことはわかっていた。
ただ、養子に出されて少々拗ねていたのだ。
「お前の兄は、長男として家を守っていくのだろう。ならばお前は、武勇で新たな名を残せばよいではないか。それも、家を守る大事な務めぞ」
それでわしは、こうしてのこのこ伊達家に戻ってきたわけだ。
兄者は、そんなわしを温かく迎えてくれた。
また、兄弟そろってこうして出陣することができる。
兄者は、小梁川の家を守ってくれ。
わしは、塩森の名を上げる。
そんな感じの妄想を頭に渦巻かせながら歩いた。
(ここまで鮮明に考えてたわけではないけど)
まぁ、文禄の役の時は、伊達家も真田家も戦ってないんですけどね・・・
メインストリートには人がいっぱいぎゅーぎゅーだけど。
それもだんだん途切れていく。
後半になると、地元の人がそれぞれの家の前に立って見てるぐらいの感じで。
ほんとに、近所の夏祭りみたいな規模になっていく。
それでも、わしは塩森宗朝。
前を見て武士らしく歩くのじゃ。
結局、友達もポチくんも見つけられないまま。
途中、抜刀する機会もないまま。
あっという間に行列は終わってしまった。
騎馬武者は、今年から往復になったらしいけど。
我々甲冑武者は往路でおしまい。
またぎゅーぎゅーとバスに乗り込んで、支所に戻っていくのでした。
出かけるまでは長いけど、歩き出せばあっという間。
それでも、そのわずかの時間のために、しっかり甲冑着せてもらって。
そして、そのわずかの時間を楽しみに、毎年申し込むのです。
まぁ、お祭りは家を出て帰るまでずっと楽しみが続くんだけどさ。
いや、申し込んだ時から既にまつりは始まってるのかな。
廊下で濡れた草鞋を脱がせてもらって。
刀と背旗は回収。
さらば、塩森宗朝の背旗・・・
甲冑をとったら、女子はまた別室でお着替え。
着替え終わった人から、「お疲れさまでしたー」と声を掛け合い帰っていく。
なんか、部活動みたいだねと誰かが言っていた。
まさに、そんな感じ。
そして、相変わらず着替えが遅い私。
3階に戻る途中、帰っていく兄者と偶然出会った。
「兄者っ兄者!」と声をかけた。
「ほかの祭りにも出てますよね」と言われた。
ということは、兄者も出てるのね・・・
だから、どこかの祭りでの再会を願って別れた。
受付で飲み物をもらって。
今日出会った人に鬼こじゅまつりのPRなどしつつ。
名残り惜しくも帰途についたのでした。
帰りの車中では、なぜか新ライダー鎧武の話などしてた。
鎧とフルーツとダンスとか、私の好きなもの組み合わせたらこうなったみたいな・・・
ギャグなの?カッコイイの?
鬼こじゅまつりの次の日。
私の行けないバスツアーの日から始まるのね・・・
仙台の街中で友達1人を降ろして。
迷いつつも駅の近くでもう1人降ろして。
あとは、どこにも寄らずに家路を急ぐ私であった。
ああ、ほんとは駅でお土産とか買いたかったけど。
一刻も早く家に帰らねばならぬのだ。
帰ったら、またいろいろあったけど。
でも、とっても楽しい1日でありました。
やっぱり、岩出山に行くと思い出しちゃうよ。
あの、初めて会った日のことを・・・
鬼こじゅの日を心待ちにいたします。
以下、余談。
塩森宗朝さんのことを、ちょっと調べてみた。
なんか、小梁川宗重の弟じゃなく、そのお父さんの弟だったみたい。
だとすると、文禄の役の時はそんなに若くはないんじゃないかな。
(兄者だと思ってたら甥っ子だったのかぁ!)
そして、息子の代で禄を取り上げられたらしい。
(何やったのよ、息子?!)
その後、忠宗公に許されて孫の代で塩森家は再興したらしい。
小梁川家はずっと続いてて。
明治になって伊達姓に復姓したそうだ。
あれ、サンドウィッチマンの伊達さん家もそんな感じだよね?
さっきの妄想の続き。
(完全に私の妄想でございます)
武勇を上げる機会はこれが最後。
どっちが勝っても、小梁川の家は残せる・・・
大阪夏の陣で、かつての恩が忘れられず真田家に走っちゃった宗朝。
幸村さまと一緒に家康本陣に突撃。
それで政宗公の怒りを買って塩森家は断絶。
(ということは、息子は完全にとばっちりだな)
しかし、忠宗公はそれを哀れに思って孫に再興させ・・・
もぉ、私が役についたばかりに、とんでもない設定にされる宗朝であった。
短い付き合いだったけど、楽しかったよ塩森宗朝!
妄想も含めて、途切れ途切れに書いてまいりました岩出山レポ。
祭りの雰囲気伝わりましたでしょうか?
ご意見、苦情などありましたらどうぞご指摘くださいませ。
お読みいただきありがとうございました。
完
