三日月を追いかけて・兄を探して岩出山編 5 | エメラルド

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好きなことや日々の雑感を書き綴ってます

また来年も、この地で甲冑が着たい。

9月8日、岩出山での楽しかったまつり。

あの日の思い出の結末。


前回までのあらすじ。

龍神さまの計らいか、雨は小降りになったけど。

行列はまだまだ動かない。

兄者と写真撮って出陣待ち。



ポチくんたちはどこにいるのかなー?

伊達武ってどこで何してるんだろう?

気になっても、この場を動くわけにはいかない。

毎度のことだけど、だらだらと待っている。


いろいろ写真撮ったりしてるうちに、やっと少し動きが出てきた。

いよいよ整列するらしい。

名前を呼ばれた順に並んでいく。

「小梁川宗重殿」

おお、兄者は随分と前の方だなぁ。

やっぱり、兄者の方がずっと位が上なのかな。

そんなこと考えてたら。

「塩森宗朝殿」「塩森殿!」

おぉっと、わしが呼ばれてるではないか。

「小梁川」ばかり気にして、「塩森」に反応できんかったぞ。


出発の前に、勝鬨。

抜刀して「えいえいおー」なんだけど。

刀が抜けない。

どーしても最後のところで引っかかる。

だ、大丈夫なのかこんなことで。

でも、今日は真田家の家来じゃないからいいかぁ・・・

(またそういうことを・・・)

もう、途中で抜刀する時は脇差し抜いちゃおう。


そんなぐだぐだした感じだけど、いよいよ出発。

沿道には、人がいっぱい。

さっき閑散としてたのが嘘のよう。

やっぱり、雨降りだったからみんなどこかで雨宿りしてたのね。

アナウンスが繰り返される。

たくさんのカメラが向けられる。

声援が飛ぶ。

ああ、やっぱりいつものこのまつりだわ。


前の人や隣の人との位置を気にしつつも、武士らしくまっすぐ前を見て歩く。

途中、友達を見つけられるといいんだけどな。

ポチくんや伊達武に会えるといいんだけどな。

いやいや、伊達家家臣塩森宗朝として、きっちり歩くのだ。

おっと、また隣の人より前に出てしまってるぞ・・・



我が名は、塩森宗朝。

兄者と2人、小梁川の家を盛り立てていこうと思っていたのに。

わしは、塩森の家に養子に出されてしまった。

なぜわしは名門小梁川を名乗れないんじゃ?

わしが弟だからか?

それで、つい不満を爆発させて、伊達家を出奔してしまった。


京屋敷が近くて顔見知りもいたので、真田家に転がり込んだ。

あそこの次男坊は気さくな御方で、おもしろがってくれてな。

しかし、嫡男信幸公に目通りかなったときに、諭された。

「兄というのは、なかなか大変なものだぞ。特に、血気盛んな弟がいたりするとな・・・」

そんなことはわかっていた。

ただ、養子に出されて少々拗ねていたのだ。

「お前の兄は、長男として家を守っていくのだろう。ならばお前は、武勇で新たな名を残せばよいではないか。それも、家を守る大事な務めぞ」


それでわしは、こうしてのこのこ伊達家に戻ってきたわけだ。

兄者は、そんなわしを温かく迎えてくれた。

また、兄弟そろってこうして出陣することができる。

兄者は、小梁川の家を守ってくれ。

わしは、塩森の名を上げる。



そんな感じの妄想を頭に渦巻かせながら歩いた。

(ここまで鮮明に考えてたわけではないけど)

まぁ、文禄の役の時は、伊達家も真田家も戦ってないんですけどね・・・


メインストリートには人がいっぱいぎゅーぎゅーだけど。

それもだんだん途切れていく。

後半になると、地元の人がそれぞれの家の前に立って見てるぐらいの感じで。

ほんとに、近所の夏祭りみたいな規模になっていく。

それでも、わしは塩森宗朝。

前を見て武士らしく歩くのじゃ。


結局、友達もポチくんも見つけられないまま。

途中、抜刀する機会もないまま。

あっという間に行列は終わってしまった。

騎馬武者は、今年から往復になったらしいけど。

我々甲冑武者は往路でおしまい。

またぎゅーぎゅーとバスに乗り込んで、支所に戻っていくのでした。


出かけるまでは長いけど、歩き出せばあっという間。

それでも、そのわずかの時間のために、しっかり甲冑着せてもらって。

そして、そのわずかの時間を楽しみに、毎年申し込むのです。

まぁ、お祭りは家を出て帰るまでずっと楽しみが続くんだけどさ。

いや、申し込んだ時から既にまつりは始まってるのかな。


廊下で濡れた草鞋を脱がせてもらって。

刀と背旗は回収。

さらば、塩森宗朝の背旗・・・


甲冑をとったら、女子はまた別室でお着替え。

着替え終わった人から、「お疲れさまでしたー」と声を掛け合い帰っていく。

なんか、部活動みたいだねと誰かが言っていた。

まさに、そんな感じ。

そして、相変わらず着替えが遅い私。


3階に戻る途中、帰っていく兄者と偶然出会った。

「兄者っ兄者!」と声をかけた。

「ほかの祭りにも出てますよね」と言われた。

ということは、兄者も出てるのね・・・

だから、どこかの祭りでの再会を願って別れた。


受付で飲み物をもらって。

今日出会った人に鬼こじゅまつりのPRなどしつつ。

名残り惜しくも帰途についたのでした。


帰りの車中では、なぜか新ライダー鎧武の話などしてた。

鎧とフルーツとダンスとか、私の好きなもの組み合わせたらこうなったみたいな・・・

ギャグなの?カッコイイの?

鬼こじゅまつりの次の日。

私の行けないバスツアーの日から始まるのね・・・


仙台の街中で友達1人を降ろして。

迷いつつも駅の近くでもう1人降ろして。

あとは、どこにも寄らずに家路を急ぐ私であった。

ああ、ほんとは駅でお土産とか買いたかったけど。

一刻も早く家に帰らねばならぬのだ。

帰ったら、またいろいろあったけど。

でも、とっても楽しい1日でありました。


エメラルド


やっぱり、岩出山に行くと思い出しちゃうよ。

あの、初めて会った日のことを・・・

鬼こじゅの日を心待ちにいたします。



以下、余談。


塩森宗朝さんのことを、ちょっと調べてみた。


なんか、小梁川宗重の弟じゃなく、そのお父さんの弟だったみたい。

だとすると、文禄の役の時はそんなに若くはないんじゃないかな。

(兄者だと思ってたら甥っ子だったのかぁ!)

そして、息子の代で禄を取り上げられたらしい。

(何やったのよ、息子?!)

その後、忠宗公に許されて孫の代で塩森家は再興したらしい。


小梁川家はずっと続いてて。

明治になって伊達姓に復姓したそうだ。

あれ、サンドウィッチマンの伊達さん家もそんな感じだよね?


さっきの妄想の続き。

(完全に私の妄想でございます)

武勇を上げる機会はこれが最後。

どっちが勝っても、小梁川の家は残せる・・・

大阪夏の陣で、かつての恩が忘れられず真田家に走っちゃった宗朝。

幸村さまと一緒に家康本陣に突撃。

それで政宗公の怒りを買って塩森家は断絶。

(ということは、息子は完全にとばっちりだな)

しかし、忠宗公はそれを哀れに思って孫に再興させ・・・


もぉ、私が役についたばかりに、とんでもない設定にされる宗朝であった。

短い付き合いだったけど、楽しかったよ塩森宗朝!



妄想も含めて、途切れ途切れに書いてまいりました岩出山レポ。

祭りの雰囲気伝わりましたでしょうか?

ご意見、苦情などありましたらどうぞご指摘くださいませ。

お読みいただきありがとうございました。