今日から謙信公祭かぁ・・・
行きたかったけど、日帰りができないから今回はあきらめた。
(いろいろ調べたのよ、交通手段とか・・・)
でも、いつかは行く!
上越はもとより、白石行くのも一苦労だけど。
行けば楽しい旅の空。
8月15日、白石でこっそり楽しんだ思い出の続き。
前回までのあらすじ。
とにかく、あ゛づい゛よ・・・
毛虫まで暑そうだ。
1時前にお城に行ったけど。
1時から何をどうするのか全くわかっていなかった。
ともかく、1階部分でたむろしてたら、奥の方に集められた。
オープニングの時みたいにセレモニーがあるのかしら?
成実殿は、入り口付近で入場者に愛想をふりまいている。
組長に似た人が扇風機持ってきたり会場を仕切っている。
みんなきちんと並んで座ってたら「切腹の沙汰を待ってるみたいだ」と言われた。
(じゃあ、介錯は組長でお願いします)
前方には、大きなスクリーンが置いてある。
影武者K氏が脇でパソコン操作してる。
正子先生たちもいらっしゃった。
組長が口上を述べる。
なんと、正子先生のトークショーやるんだ!
えーっ記録用ノート持ってこなかったよぉ。
撮影は自由みたいだけど。
今日は三脚持ってきてないから、ムービーで撮る気力もない。
こうなったら、しっかり聞いて記憶しなくては!
意気込んで聞いてはいたけど。
所詮は、私の記憶です。
今となっては、あれあれ~?みたいな・・・
以下、トークの一部抜粋順不同。
正確である保証はありません。
このような感じのことをしゃべってたかもしれないという程度でお読みください。
オープニングの時も話したけどということで、この武将画展を開くことになった経緯。
去年の3月頃、大殿の中の人から連絡があった。
(ほんとに中の人って言ってたのよ)
最初は、武家屋敷の方で展示会とかやれないかという話だった。
(この辺の話、オープニングの時はいい加減に聞いてたかも・・・)
その後、6月ごろまで連絡が途絶えてたんだけど。
ちょうど仙台に行ってる時に、組長からメールが来た。
運命的なものを感じた。
今日は遠刈田温泉に泊まると言ったら、「近いから会いませんか?」という話になった。
組長と会って、名刺をいただいた。
名刺には、「片倉景綱」と書いてあった。
これもまた運命的な出会い。
お城を案内してもらって、どうせなら武家屋敷じゃなくてこっちでやりましょうと。
話がとんとんとまとまって、今回の武将画展に至ったと。
その後、いろんな打ち合わせなどがあって、K氏に大変お世話になった。
(K氏、美麗イラストやブレスだけじゃなく、ほんとにクリエイターなんだなぁ・・・)
今日もK氏はプロジェクターを操作して、あうんの呼吸で先生を手伝っていた。
普通は絵の運搬だけでも物すごく大変で、当日の朝までかかったりするんだけど。
今回は既に準備万端整えられていて、前日の6時にはもう会場が出来上がったとか。
時間が余ったから、夜飲みに行った。
その時、風間市長殿もいらっしゃって、すごく話が弾んだ。
戦国武将の話じゃなくて、なぜか水滸伝の話で・・・
そして、風間市長と正子先生が実は同い年だということが判明。
えぇーーーーーっ!?
会場、どよめき。
いや、市長殿もさ、実年齢のオジサンたちに比べたらかなり若々しいと思うのよ。
(甲冑着て自転車乗っちゃうぐらいだしさ)
でも、でも・・・正子先生イケメンだし、ぱっと見30代ぐらいだと思ってた。
(20代でもいける?)
そこで思い出すのは。
正子先生の写真を初めて見た時、「ジョジョの奇妙な冒険」の荒木先生に似てると思ったのよね。
荒木先生も、デビューしてから30年以上ほとんどかわらない若々しさ。
確認してみたら、この2人も同い年だったわ。
あんたら2人して石仮面でもかぶったんですかっ?!
(荒木先生、正子先生失礼しましたっ)
閑話休題。
寺沢武一先生のアシスタントをしていたとのこと。
(ああっまたジャンプつながりだー)
「コブラ」知ってる人いますか?との問いに多数の乙女たちが手を挙げたので、意外そうにしていた。
(もちろん、私も手を挙げた)
コンピューターグラフィックスで連載マンガを描いたのは「コブラ」が最初だと。
今回の武将画展のために、オークションで屏風を買ってそれに絵を描いたこと。
先生の仕事場の様子が映し出された。
今回はいろんなことを試してみたとのことで。
例えば、佐竹親子の毛虫の前立ては立体的になっているのだけれど。
それは、先生の毛皮のコートの袖の部分を切って使ったとか。
各武将の絵が映し出され、それぞれの武将に対するコメント。
津軽さんは梟雄と呼ばれ、人があんまりやらないような酷いこともやったらしいけど、関ヶ原後に三成の息子をかくまったとか。
あの髭は、三国志の関羽を真似たとか。
兼続殿と景勝公、謙信公の絵は、三組で対になっているとか。
相馬さんの馬の絵は、将門の旗がモデルとか。
そんな感じで、いろんな武将の逸話とその絵が語られる。
(↑ほらほら、そろそろ記憶があやふやになってきたぞ)
伊達家の人々の絵。
政宗公が馬に乗ってる絵は、馬上少年過ぐの詩がもとになっている。
桜の花びらが散ってるけど、イメージは夏。
景綱公の絵は、それと対になった夜の場面。
(同じ花が足元に咲いてたりする)
政宗公が太陽で、景綱公が月みたいな。
兜が印象的な政宗公の絵。
弦月の兜っていうけれど、弦月とは半月のこと。
政宗公の兜は、三日月なんだけど。
なんで弦月の兜っていうのかなーと。
ダースベイダーのモデルになった話とか。
そして、成実殿の絵が紹介され。
「今日来てるんですよね、こっちに来られるかな・・・」
おお、そうだった!
正子先生の話に夢中になってたけど、成実殿いるんだった(←おいっ)
成実殿は、相変わらず入り口付近で入場者に愛想をふりまいてる様子。
みんなで「成実殿ぉー」と呼んで、組長に連れてこられた。
ここで、写真全然撮ってなかったことに気づく。
(話に夢中だったから)
せっかくだから、この写真は撮ったけど。
この後も、しばし写真撮るのは忘れてしまう。
成実殿の兜は、毛虫と百足。
どちらも決して後ろに退かない象徴。
でも、百足の前立てと言われてるものをよーく見ると。
脇だけじゃなく前にも足(?)がついている。
百足と言われてるけど、これは本当は毛虫なのではないのかとのこと。
(毛虫の毛が抜けてまばらになってるのが百足の足だと思われてるってこと?)
成実殿の陣羽織には香車が描かれている。
(組の成実殿も、香車を提げている)
これも後ろに退かない象徴だけど。
香車の陣羽織は、後世につくられたものらしい。
実際の成実殿は香車の陣羽織を着ていない。
ほんとは、香車の陣羽織着た後ろ姿を描こうと思ったんだけど。
それはボツになった。
史実の成実殿は、若い頃火薬の誤爆に巻き込まれ右手を火傷した。
それ以来、右手の指が使えなくなった。
それでも、その後も勇猛に戦っていた。
だから、刀を落とさないように手に結びつけていたのではないかと思い、そういう絵にした。
正子先生、ほんとにほんとに、よーく調べてるんだよね。
あくまで史実にこだわるというか、本物志向。
多少デフォルメされてたりするけれど。
先生の絵は、本物に沿って本物以上に素晴らしいと思った。
その後、待ってましたの九戸政実さん!
もぉ、ほんとにこの絵素敵だったらありゃしない。
やっぱり、九戸さんの絵が一番のお気に入り。
(幸村さまの絵は別格だけど)
九戸さんだけは、思わず写真撮ってしまった。
(ぼやけてるから、載せてもいいかなと・・・?)
だって、かっこいいんだもん![]()
白い陣羽織だけど、赤にしちゃってもかっこいいかなぁ・・・なんて思ったり![]()
(それ、ちょっと別の妄想入ってないか?)
九戸さんは、秀吉に喧嘩を売った男と言われているけれど。
どっちかというと、喧嘩を買ったのではないかと。
あくまで、自分の領地を守りたかった。
(ああ、昌幸パパんの苦労が偲ばれるぜ)
その後、正子先生が絵を描いていく過程が説明された。
(アシスタントの話は、ここで出たんだったかな?)
いつも話してるから、聞いたことある人も多いと思うけどと言ってたけど。
一枚の絵が出来上がるまでの細かい作業を教えてくださって。
絵を描く人なら、きっと興味深いのではないかと。
(私は絵心がないので、すごいなーとしか言えない)
あとは、次の岡山での武将画展の話が出たり。
(これも行きたいよ鹿介!)
そんなこんなで、トークショーは終了したのでした。
(ていうか、記憶が・・・)
つづく


