できること | エメラルド

エメラルド

好きなことや日々の雑感を書き綴ってます

東北地方太平洋沖地震をうけて、今自分にできること ブログネタ:東北地方太平洋沖地震をうけて、今自分にできること 参加中

私の将来の野望の1つに、養育里親になりたいというのがある。
これは、家族の協力とかも要るから、難しいんだけど・・・
虐待のニュースを見るたびに、心がしめつけられた。
そんな子供たちを、愛情こめてむぎゅーっと抱きしめたい。
老い先短い将来だけど、いつか、どういう形かで、何とかしたいと思っていた。

震災のニュースで、親を失った子供のことが紹介される。
心が痛むどころの話じゃない。
そんな子供たちを抱きしめたい衝動に駆られていた。
今こそ、養育里親の出番なんじゃないかと思ってしまう。

それから、小さい子供じゃないんだけど。
せっかく大学に合格したのに、家族がみんな死んで1人ぼっちになってしまった子とか。
学資出して、大学卒業させてあげたいとか思う。

テレビでは、子供を失った親の姿も映し出される。
もう、心がシンクロしちゃう。
どんなに切なかろう、悔やまれるだろうと。
過剰に反応してしまう。

だけど、実際の私は、何の資格も持ってない。
自分の子供のことで既に手いっぱい。
家族の協力も得られそうにない。
学資出せるような余裕もない。
自分がじかに体験してるわけではないから、その本当の気持ちがわかるわけもない。
やっぱり何もできない、できることがないと思ってしまう。

そんな思いの反動で、ここ数日、次男に過剰なスキンシップしちゃってるんだけど。
このままじゃ、次男が幼児退行しちゃうんじゃないかと心配なんだけど・・・


会社では、毎朝話題はガソリン。
挨拶のように、「ガソリン大丈夫?」とか「あそこの給油所があいてた」とか。
私の車は、裏ルートで満タンにしてもらった。
だから、この話題に後ろめたい思いがある。

自転車通勤を続ける理由は、最初はガソリンの節約だったけど。
裏ルートのガソリンを使いたくない。
罪滅ぼしに、ガソリン使わないようにしよう。
私が使わない分、どこかのだれかに回ればいい。
そんな思いに変わっていた。

でも、ある人に、「ガソリンは足りてるんだけど、ちょっとした意地でさぁ・・・」
(裏ルートとかいう話をしたわけではなく、ガソリンはあるけど使わないということを言ったのだが)
なんて話をしたら、以後、口をきいてくれなくなった。
もともと、そんな親しい人ではないし、私の話のどこが気に食わなかったのかはわからないままだけど。

やっぱり、私の言葉はきれいごとなのかもしれない。
昔から、ダンナにも実家の母にも弟にも怒られてるんだ。
「そんなきれいごと言えるのは、恵まれた境遇にいるからだ」
「苦労している人が聞いたら、腹が立つだけだ」

身内にそんな批判を受ける私って、どんだけ恵まれてるの?
または、どや顔してるんだろうか?
そんなつもりないんだけどなー・・・


何ができるのだろうという無力感。
苦労知らずの罪悪感。
シンクロしちゃった親心・・・
そんなものが重なって、このところ悶々としていた。

でも、まぁいいかー。
(出た!私の十八番、テキトー)
今はとにかく、できることをする。
できることといえば、募金ぐらいだ。
だったら、せっせと募金しちゃえ!
小銭でも自己満足でもいいから、募金箱に放り込め!

今は、そういう境地に達した。