田辺聖子さんの古典エッセイ。
古典大好きな人やこれから古典に親しもうという人にはぴったりの贈り物。
今を去ること数十年前、いたいけな女子高生だった私の心をつかんで離さなかった本。
時を超えて、感想書いてみます。
とにかく、古典が好きだった。
まぁ、今と大して変わらない私だったから、古典というよりキャラ萌えだったのかもしれないけど。
そんな私に、この本はいろいろな古典の世界を案内してくれた。
この本を道しるべとして、いろんな本を読んだよ。
この中で私が好きなのは、「更級日記」を紹介した「少女と物語」の章。
物語の大好きな少女が、「よみかえしよみかえし、そして次の章へうつるのが惜しく、あとどのくらいあるかと、本の厚みをはかりながら、みんな読み終えてしまうのが惜しくて・・・」
私もまさしく「文車日記」をそんなふうにして読んでた。
そんで、いつか物語の主人公に愛されるような女性になるんだと夢想してる。
この少女はまるで自分だと思ってた、高校時代の私。
彼女は、やがて年をとって現実を知るんだよね・・・
私も年とって現実を知ったけどさ、まだ妄想癖は治らないぜ。
この本、いい男もたくさん紹介してくれてるんだ。
私の平敦盛のイメージは、「あつもり」にあるように、「恰好よさの絶頂で花と散る誇りを」選んだ男よ。
大津皇子の悲劇やヤマトタケルのロマンも、この本で知った。
藤原隆家なんてマイナーな人も、この本ゆえに好きになった。
在原業平さん、もう大大大好き!
いろんな恋人たちの姿もある。
木曽義仲と巴御前は憧れちゃうぞ。
「年上の女」和泉式部と敦道親王の恋は、今読むと切ないね。
但馬皇女と穂積皇子のどうにもならない思い。
資盛と右京太夫の悲しい別離。
どれもこれも、きらきら輝く珠のようだね。
あとがきに、「ここには私の好きなものばかり、蒐めてあります」と書かれているとおり、どの章にも作者の愛があふれてる。
比べちゃって悪いけど、永井路子さんの「歴史をさわがせた女たち」を読んだとき、ちょっと反感を覚えた。
歴史エッセイなんだけど、どこか斜に構えた見方が気に食わなかったのよ。
(今は、それはそれでおもしろくおもえるようになったんだけどね)
その点、「文車日記」は、全編作者の愛というか優しい眼差しが感じられるんだ。
私みたいに「~だぜっ」とか言わない言葉の美しさ、優雅な佇まいを感じる。
もちろん恋話だけじゃなく、戦の悲痛さや人生の無常なんかも語られてるんだけど、それらをひっくるめて、人間に対する愛しさみたいなものを感じるんだなー。
古典を好きになったなら、だれかを好きになったなら、ぜひお勧めしたい1冊よね。
- 田辺 聖子
- 文車日記―私の古典散歩
突然、こんな感想を書いてみた。
最近、「文車日記 感想」で検索かけると、私の日記が上位に出てくることに気づいたんだ。
でも、実際その記事読んでみると、チーフと高丘の話がほとんどなんだもん・・・
せっかく感想を求めて来てくれた人がいたらと思うと申し訳なくてさ。
高校時代の愛読書であったわけだし、改めて読んで感想書いてみたよ。
ほんとはモモとかウラが顔を出しそうだったけど、無理やりひっこめたわ。
いや、こんな感想がお役に立つとも思えんのだが・・・