タコ風呂 -28ページ目

稲盛和夫先生

今日は尊敬する人の話をします。
僕は尊敬する人が何人かいますが、

中でも稲盛さんはとても尊敬する人の一人です。

学生の時、教授に「生き方」という本を紹介され、一生こころに残るであろう深い感銘を受けました。

その後何冊か稲盛さんの本を読ませて戴き、完全に稲盛さんのように生きるのはなかなか大変であると感じながらも、自分ができる善き行い。辞めることができる悪しき行いを見つめ直し実行に移して来ました。

ただ、時間が経つと時折道を見失うことがあります。生き方に迷い、力が湧かない。苛立ちがでる。
そんなときにもう一度、稲盛さんの本を読み返します。すると心洗われ、みるみる希望に満ちる思いを感じるんです。

不思議ですが、元気がないときは必ず稲盛さんの本を読み返し、そして吹っ切れます。実に清々しい気持ちになるんです。

皆さんも、この本は良かった。人生に一石を投じられたという本に出逢ったことはありますでしょうか?

もしあれば是非簡単にでも教えて下さい。

宜しくお願いします

事件

もう塾卒業間近だというのに、


引継ぎ中の部下と若干気まずい状態になってしまいました。


少し変わっている人であり、


講師や生徒ともうまくいっていない現状ですが、


なんとかその間を取り繕い、講師を引きとどめる毎日です。


彼のやり方をできる限り尊重し、なんとかいいところを探しながら努力していましたが、


講師のみならず僕の話すらあまり聞かないところすらあり、


なかなか好きになれません。


このままではこの校舎はまずい、、、が!


校舎卒業まであと半月、なんとか努力します!!


追って報告いたす!!



知覧の特攻平和会館

知覧にある特攻平和会館行ってきました。

なんと言葉にしたら良いかわかりませんが、僕はここに来たことを一生忘れません。そして生涯一度はここに訪れたほうが良いと思います。
この会館の目的は戦争の無い平和な世の中を願うことと、特攻により戦死した方々の慰安です。

この場所がまさに特攻の拠点でした。特攻隊として召集された若者達は、僅か2・3日後に敵戦闘機目掛け体当たりします。
僅か2・3日、それも多くが十代後半、二十代前半です。
彼らはお国の為にと信じ、爆弾を積んだ戦闘機にて相手戦闘機に突撃し、戦死しました。

その数なんと1036名。

会館に入ると、係の方が大きな戦闘機を前にお話をしてくれます。
当時の話を写真を使いながらですね。
話の後半は鼻をすする音が至る所聞こえます。正直、僕自身こらえなければ泣いていました。

決死隊と必死隊の違いをご存知でしょうか?
決死隊は死を覚悟。生きる可能性があります。
必死隊は読んで字の如く。必ず死にます。
知覧の特攻隊は必死隊でした。

彼らは戦闘機から飛び立つ時、悲しさに襲われる時が二度あるそうです。

ひとつは戦闘機に乗る瞬間。地を蹴り乗るとき、

「ああこれでこの地を踏むことは二度とないのだな」

ふたつめは、飛び立つと必ず左手に山が見えるのですが、その時だそうです。その山を何度も振り返り、

「あの山が見えているうちはまだ引き返せる。生きれる。」
と感じるのだとか。
会館の中には沢山の遺品と遺書が展示されており、読んでいるうちに涙が込み上げてきます。

自分と大して変わらない、むしろそれよりも年下の若い人々が、このような遺書を残し突撃したという事実。
衝撃を受けました。
会館の中にはノートが何冊か置いてあり、来館者が自由にノートを書けるようになっています。
パラパラとめくってみると、沢山の記入がありました。

僕はここに書いてあった文を見てまたも涙が込み上げました。

「あなた達がいて、今の私達の平和があると感じました。ありがとうございます」

本当にその通りであり、決してそれを忘れてはならないと思いました。
さらには、彼らのように、また彼らの分も精一杯生きようと誓いました。

以上です!