もうすぐ、50歳。

 

思いおこすと、いろいろなことがあった50年でした。

 

あまり、自分で、自分の事を、決められない私でした。

 

19歳、短大に行っていましたが、

 

ひょんな事から、学校に行かなくなりました。

 

これは、はじめて、自分で決めた事でした。

 

もちろん、親は反対しました。

 

家を飛び出した私を、親は連れ戻そうとしました。

 

でも、私は、家に帰りませんでした。

 

そのころ、高校生だった弟は、

 

後で聞いた話しですが、学校に行っても、

 

ずっと、まどの外をながめて、1年ほど過ごしたらしいです。

 

あと、半年、短大で、座っているだけで、卒業できたのに、

 

その半年を、過ごせませんでした。

 

退学願いを書きましたが、

 

父親が、短大に、退学にはしないでくれと、懇願しに行ったと、

 

後々、聞きました。

 

まわりで、わたしを心配する人が、動き回ってくれていました。

 

短大に行かない私でしたが、

 

父は、いつでも短大に戻れるようにと、

 

授業料を、あとわずかの半年間、払い続けてくれていた事も、

 

あとあと、聞かされました。

 

30年も前の話しです。

 

あのとき、就職も決まっていました。

 

幼稚園の先生。

 

自分は、高校を出たら、CGの専門学校に行きたかったのですが、

 

それは父に却下され、たまたま合格した短大に通い、

 

就職まで決まっていて、

 

あと180日、大学に行くだけで、生涯の資格をもらえたのに、

 

短大をリタイアした、30年前。

 

自分で、こうしたい、ああしたいと、

 

20年前も、その後、ひとりぼっちになった今も、

 

自分で決めて、何かをはじめても、

 

ダメなことは、数しれず。

 

自分で決めて、幸せだった事のほうが、多いかもしれません。

 

ダメになった時、限界まで、突っ走ったこともありましたが、

 

それで、体をこわしてしまったことも、ありました。

 

だから、限界を超えてしまったら、

 

だめだということも、50年のしょぼい歴史ですが、

 

痛感しています。

 

自分で決めるという事は、とても大変な事。

 

一人で、全部かかえこんでしまって、

 

限界を超えたら、

 

疲れてしまいます。

 

そんな事にならないように、

 

50年いきてきた、おかんは、今思います。

 

続けることが、大事なこととは、思わない。

 

継続は力なりを唱えている人もいるかもしれませんが、

 

今の時代には、この言葉は、通用しないと、

 

思います。

 

ただ、おかんのように、生涯の資格を得られることができた、

 

あと、180日、行っておけばよかったと、のちのち、

 

悔いのないよう、ばぶちゃんには、あとすこし、無理なく

 

考えてほしいなとおもっています。

 

資格という強みを、ひとつでも、武器に将来持てたならば、

 

いきて行く

 

過程が、違うものになるかもしれません。

 

今のおかんは、一緒に航れます。

 

一緒に航るには、船が沈む4年前とは、ちがいます。

 

だいじょうぶ。

 

一緒に、大きく航っていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、2月11日の深夜、息子K。が、

帰ってきました。

先日3年3ヶ月ぶりに、20歳の成人式の日に、帰ってきてくれたとき、

アパートの鍵を渡しました。

先日帰ってくる前に、SMSと、電話をかけたそうですが、わたしは気がつかず、

自分でアパートの鍵をあけて、スノーボードとおおきなリュックをだかえて帰ってきました。

深夜1時ごろの、突然の息子K。の帰宅。

なにやら自然に、おかえり~~~と言って、ねどこの準備をし、

<ばぶちゃんが、家におる。夢かしら?>と何度もつぶやいていたら、

<夢ちゃうよ!>としずかに、息子K。は、微笑んでました。

スノボに行って、遅くなったので、泊まらせてと、おだやかなK。

家には何もなく、息子K。が寝たあと、

深夜のコンビニに、お米と、飲み物を買いに行きました。

朝起きたら、息子K。が、台所にいました。

<ばぶちゃんが、家におる。夢なのかな?>とわたしは、何度もつぶやくと、

<夢ちゃうよ>と答える、優しい息子K。

何年ぶりかわからないぐらいに、朝ごはんを作り、

カフェオレを一緒に飲み、テレビを二人でみて、

ささいなことですが、なにより幸せなひとときでした。

お風呂に入って、昼前には、出て行きました。

<またくるわな>と、玄関でしずかに言う息子K。

思わず、泣いてしまいますと、

<おかん、泣かんときや>と、にっこり微笑んで、階段を降りて行きました。

まさか、また帰ってきてくれるとは、思わなかったので、

ごはも、歯ブラシも、用意していなかったので、

こんどまたK。が帰ってきてくれたときのグッズを、用意をしようと思っています。

ばぶちゃんが家におることが、まだ、夢のようで、

幸せです。

長年離れていましたが、

やっぱり、17年ちかく、一緒にすんでいたので、

あうんの呼吸で、

テンポが合いました。

ゆっくりと、しずかな、息子K。

遠い昔、一緒に住んでいたときの感覚を取り戻せた感じで、

癒やされました。






12月で20歳のお誕生日をむかえた息子こう。

ブログで、いつか会いにいくからと、発信してくれていました。

今日は、わが町の成人式。

成人式来るのだろうか?と、ひとつきほど前から、

息子K。がいつ帰ってきてもいいようにと、

部屋を片付けまくっていました。

今朝も、息子がもし来たら、

ちゃんとしておかないとと、身なりをととのえている最中に、

SMSで、

K。です。成人式がおわったら、伺いますとメールがきて、

その時点で泣いてしまってたのですが、

時刻が来て、

3年三ヶ月会ってなかった息子が、スーツ姿で来ました。

<おかえり>と、泣きながら言いました。

昔と変わらず、物静かな口調のK。

髪型もかわりましたし、背は180ぐらい。

いろいろと、伝えないことを話し、

おばあちゃんが、お祝い送りたいから、住所おしえてと聞きましたら、

教えてくれました。

専門学校の寮にいるらしく、学校も忙しいといっていました。

にこやかのするつもりでしたが、

ときおり泣いてしまい、

息子が、<おかん、写真撮ろう!>と言い出して、タイマーで、2人の写真を撮ってくれて、

涙涙です。

以前、背の高さを、柱みたいなかべに、線をいれていたんですが、

これ、線いれてもいい?と聞きますと、いいよと、背のたかさの、線をひかせてくれました。

お祝いを少しですが、あげて、

息子がこの家を出ていったときに、捨てていったキーホルダーに、

わたしのアパートの鍵をつけて、

ぼくの家やから、おかんおらんときでも、夜中でも、シャワーするなり、寝るなりしや。

と、かぎをわたしましたら、<うん、そうする!>と、言ってくれました。

カフェラテを一杯飲むほどの時間でしたが、

しあわせなひとときでした。

まさか、こんな日がくるなんて、いまでも夢みたいです。

帰り際、このあとの同窓会楽しんでおいでね!というと、

玄関先で、抱きしめてくれました。

わたしは、号泣。

<これで、また来れる>と言って、

わたしをはなしたあと

Kも、泣きながら、階段を降りて行きました。

まさかこんな日がくるとは思ってなかったので、

涙がとまりません。

3年3ヶ月のおおきなすきまが、

息子が来てくれて、すきまも、彼には、しんどかったことだらけだとおもいますが、

だきしめてくれるなど、思いもよらなかったので、

さちでした。

みなさまには、心配かけて

すみませんでしたが、

ようやく、息子と会えました。

K。

あなたと会えた今日のこの日は、

一生忘れません。

心配をかけていた、お三方には、ほんとうに今まで見守り続けてくださって、

感謝のきもちでいっぱいです。ありがとうございましたm(_ _)m