予想は当たった。



もう高校へは行かないそうだ。



次男が高校に行くだけでハッピーになれた日。



早くも終わった。



買い物する時もお弁当の材料を考え、楽しかったのになぁ・・



次男を駅に送ることはなくなり、学生たちが登校する風景をもう見ることはないんだろうか。 



先週は小学一年生の登校する姿を見て、可愛いなぁとホッコリした。



黄色い帽子、後ろ姿はランドセルが身長の半分ほどの面積を占めている。



こんな頃もあったなぁ、と次男が小学一年生の頃を思い出す。



外遊びが大好きで活発だった次男。



でも泣き顔も思い出す。



一年生の時、次男は登校を渋っていた。



私は、行きたくないと泣く次男を無理やり引っ張って連れて行った。



ここで折れたら甘えてダメになる、ずっと学校に行けなくなると思い、毎日毎日引っ張って連れて行った。



嫌がる次男を連れて行くのには時間がかかり、2時間目が終わる頃にようやく教室に到着、友達や先生に迎えられ観念して教室に入る感じだった。



そんな毎日は心身ともに疲れ果てたけれど、何としても教室に送り届けることが正しいと思っていた私。



負けてはダメだと思っていた。



そして遅れて連れて行く時は、近所の目が気になり、学校に行かない次男を恥ずかしいと思っていた。



今となっては

「なんて可哀想なことをしたんだろう」


「何に負けたらダメと思って戦っていたのだろう」


「近所の目なんかどうでも良いのに」

と思う。



行き渋ったのは担任の先生の影響がかなりある。



年配で古風な考え、自分の意見が正しいと曲げず、人当たりの強い女の先生だった。



個人懇談会では、次男の事をけなすので言い返すと、甘やかして育てていると私の子育て否定された。



そんな先生でも我慢して行かないといけないと思って連れて行った。



無理やり連れて行く事を続けると、次男は観念したのか登校するようになった。



私は、

「学校には行かなくてはならないと分かったんだ、登校出来るようになって良かった」

と安堵した。



だけど、本当は次男からの信頼を失ったのではないかと思う。



私は味方ではないと思われ、次男の心には傷が残ったかもしれない。



小学一年生でそんな経験をしたのに、次男が不登校になるまで忘れていた私。



学校に行き渋る事があった事を忘れずに子育てしていれば、次男は不登校にならなかったのか。



もう、後悔だらけ。