「日韓合意」に歴史的意義はあったのか ~外交の原則を見失うべきではない~ | 武藤貴也オフィシャルブログ「私には、守りたい日本がある。」Powered by Ameba

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国家主権、国家の尊厳と誇りを取り戻す挑戦!品格と優しさ、初志貫徹の気概を持って(滋賀四区衆議院議員武藤貴也のブログ)

 先月11月末、韓国の朴槿恵大統領が任期満了前の退陣を表明したことを受け、日本では昨年末の慰安婦問題に関する日韓合意などへの影響を懸念する声が広がった。そこで、昨年末の日韓合意を踏まえ、今後日本が取るべき外交の原則を再考してみたい。

 

 

事実上「法の支配」という国家原則を捨てた日本政府

 昨年2015年12月28日日韓両政府は、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」という声明を発表した。いわゆる「日韓合意」の一節である。

 当初この文言だけが報道されたときは、多くの国民が安堵したに違いない。これで新たな日韓関係が構築できると。しかし、その合意内容の全体像が明らかにされるやいなや、その詳細を知った人には逆に多くの懸念が生じたことも事実だろう。

 なぜならばこの合意は、慰安婦に対し「日本政府は責任を痛感し…心からのお詫びと反省の気持ちを表明し…日本政府の予算により全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒す措置を講じる」というものであったからである。

 この合意の第一の問題点は、そもそもこの「合意」は一体どういう「法的性質」のものなのかという点である。というのも、個人補償も含め、戦後処理に関する一切の対日請求権・財産権は1965年の日韓基本条約とそれに付随する日韓請求権協定で、日本が韓国に対し有償無償合わせて約11億ドルの資金供与及び融資を行うことなどによって、既に「完全かつ最終的に解決」されていたからだ。

 従って、この日韓基本条約を破棄するならいざ知らず、有効とするのであればこの条約に関する紛争、つまり戦前の対日請求権の問題は、当該条約・協定に基づいて行わなければならない。それも「法の支配」を掲げている日本ならばなおさらである。

 しかし今回の日韓合意は、日韓基本条約・日韓請求権協定の規定を全く無視する形で、つまり「法の支配」という国家原則を自ら放棄して、非常に曖昧な形でなされてしまったのである。

 

 

河野談話よりも踏み込んだ内容

 そして日韓合意の第二の問題点は、声明に盛り込まれた「政府の責任」という言葉の性質である。

 これまで日本政府は、一貫して慰安婦問題での「責任」は日本政府にはないという立場を公式に取ってきた。それは、平成5年に談話を発表した河野洋平官房長官(当時)も、アジア女性基金を設立し「償い金」とお「詫びの手紙」を慰安婦に送った村山富市総理(当時)ですらそうであった。なぜならば、慰安所は当時の公娼制度に基づき、政府や軍ではなく、民間業者がその経営に当たっていたからである。

 河野談話や今回の日韓合意に盛り込まれた「軍の関与」というのは、慰安所の設置、規則の制定、衛生管理等を正し、むしろ慰安婦を守るための関与であり、問題があったとされる朝鮮人慰安婦の募集や慰安所の経営を政府や軍が直接行ったことはなかった。

 従って、仮に賃金未払や雇用等の問題があったとすれば、それは慰安所の経営に当たっていた民間業者に責任が存在するのであり政府が補償すべきものではない。加えて言えば、慰安所で働く女性は、朝鮮人よりも日本人の方が多かった事実も研究者によって報告されており、従って国家対国家という問題でもない。

 しかし今回の日韓合意ではその冒頭で「政府の責任を痛感している」と、日本政府の「責任」を公に認めてしまった。

 この「責任」という文言について日本政府は「道義的責任」だとの説明を行っているが、一方で西岡力氏は「法的責任」をも含むかどうかしっかり確認されていないと指摘している。

 また韓国政府は、この日韓合意が発表された後、河野談話では認められていなかった「政府の責任」について日本政府が初めて認めたもので、河野談話よりも前進したと主張する一方、確かに「責任」の性質について法的なものかどうか現段階で明言していないが、今後日本政府が「和解・癒し財団」に対し10億円を拠出したのは、「法的責任」に基づく正式な「国家賠償」ではないとして再燃する可能性を孕んでおり、将来に禍根を残しかねないということが多くの識者によって指摘されている。

 

 

この合意で本当に日米韓の安全保障環境が強化されたのか

 この日韓合意について、何人かの保守派の有識者は安全保障の文脈で評価できるという点を述べている。

 例えば、渡辺昇一氏は「河野・村山談話の継承によって日本人の、よりによっての嘘から始まった「恥」を末代まで残す危険性を除去しなければならないという「国益」。そして、現在の日本国民の生命・財産を守るという「国益」。この二つの国益の間で、安倍総理は後者を内閣の責任者として選び取ったのである」と述べ評価している。

 また、櫻井よし子氏も「私の思いを端的に述べれば、実に悔しいというのが本音である。このままの内容では将来、後悔することになると懸念もしている」と述べつつ、「この日韓合意は、政治・外交的に見れば大いに評価すべきであるとも考える」と述べている。

 更に、遠藤誉氏は「今回の合意で非常に重要なことは、これによって歴史問題で中国と韓国が共闘できなくなったという点です。…結果、中国はいままでのように居丈高に日本に歴史カードを突きつけることが不可能になる。…戦略的に見て極めて正しい判断で、安倍首相の政治決断を高く評価したいと思います」と述べている。

 しかしどうであろうか。本当にこの合意で日韓関係が将来にわたって改善され、中国が歴史問題を持ち出すことはなくなり、日本の安全保障体制が強化されるのだろうか。後述するが、そもそも合意は必ずしも守られるわけではない。むしろ今までの韓国を見ても、現在の韓国を見ても合意が必ずしも守られるとは考えられないのである。

 また、日本の安全保障環境が強化されるという点そのものについても疑義がある。確かに中国の軍事侵攻は進んでおり、北朝鮮の核開発も進んでいることから極東の安全保障環境は厳しさを増しているが、例えば実際朝鮮半島有事の際に、米軍主導で軍事的オペレーションが全て決定されていく中で、80年前の慰安婦問題が日米韓の障壁になることがあるだろうか。実際軍事衝突が起こった時は、歴史論争をしている余裕などないはずである。

 

 

慰安婦問題における日本にとっての「解決」とは何か

 それから、ある意味一番の問題は、日本にとっての「解決」とは、一体何なのかという点である。合意には「最終的かつ不可逆的に解決」とあるが、日本政府はこの「解決」という意味を根本から間違えているように思う。

 日本にとっての「解決」とは、あくまでも「先人たちの名誉を回復すること」だ。いかに米国から日韓合意に向けて執拗な圧力があったとしてもそれは変えるべきではない。世界で吹聴されている「日本軍は朝鮮半島で奴隷狩りのように少女たち強制連行し、20万人もの女性たちを性奴隷にした」という濡れ衣を晴らすことこそ、日本が目指す「解決」である。

 しかしこの日韓合意について、世界の主要メディアは「日本政府が戦時中の日本軍による強制連行・性奴隷を認め、謝罪した」と報じた。つまり今回の合意により、更に間違った情報が世界に向けて発信されてしまったのである。

 このことについて藤岡信勝氏は、「…合意内容は、私たちの祖先の名誉を深く傷つける嘘の歴史をまるで史実であるかのように扱ったもので、国家が絶対に認めてはいけない一線を越えた亡国の大罪である」と述べている。

 そして櫻井よしこ氏も、世界の主要メディアが「日韓合意を評価したが、歴史問題については相変わらずの日本悪玉論を展開している」として、「歴史問題の真実を明らかにし続けることによって国際世論を変えていく困難な仕事に、日韓合意を果たした安倍政権はいままで以上に取り組む責任がある」としている。

 しかし、現在の日本政府の外交広報、情報発信を見ると、慰安婦問題については相変わらず「何度も繰り返し謝罪した上で、償い事業も行っている」という論調のままであり、名誉回復を目的として、世界で流されている嘘について全く反論しようとしていない。

 従って、日本にとってこの慰安婦問題は全く「解決」していないのである。

 

 

「和解・癒し財団」に支出された10億円の実態

 先日私は、日韓合意に基づき設立された「和解・癒し財団」に支出された10億円の使途について、日本の外務省に説明を求めた。

 この10億円は、今年8月31日に支出され、10月から使われているということだった。

 合意が行われた当初、この財団は元慰安婦の方々の「名誉と尊厳の回復、心の癒し」の為に10億円を使うとのことだったが、外務省の説明を聞いて私は非常に大きな疑問をもった。元慰安婦の方々を対象に「医療や介護、葬儀関係、親族の奨学金等」そして「癒し金」に使っているとのことであったからだ。

 普通どの国でも名誉回復というのはまず公に謝罪することによってなされる。そしてその点については、繰り返し歴代総理が公で謝罪し、かつての村山富市元総理に至っては「お詫びの手紙」まで送り、そのことも公にしている。これ以上の名誉回復があるだろうか。医療費や介護費、親族の奨学金などの支払いをすることで、一体どうして慰安婦であったことの名誉が回復されるというのか私には全く理解できない。

 また、医療や介護、親族の奨学金等に使用されたという資金について、本当にそうした目的に使われたかどうか、領収書等を確認するなどの措置もとっていないという。韓国で設立された財団からそのような目的で使用したとの報告を受けただけとのことであった。

 加えて、死亡者199名に対し2000ウォン(約200万円)、生存者46名に対し1億ウォン(約1000万円)の現金支給された「癒し金」に関して、「賠償金」ではないのに、多額の現金を渡しただけで、名誉回復や慰安婦だったことについての癒しになると、私には到底思えない。

 かつてアジア女性基金で既に「償い金」を受け取った元慰安婦もいる。ちなみに、アジア女性基金の償い事業は、①国民からの拠出金による「償い金」一人一律200万円で総額約5億7000万円、②政府予算からの医療・福祉支援事業総額約5億1000万円、③内閣総理大臣のお詫びの手紙であった。従って、今回の一人1000万円という資金はアジア女性基金の5倍の金額だ。両方受け取っていれば二重取りということになる。

 更に、外務省によると、上記事業以外にも、日韓両国が適切と考えられる範囲内で使った資金もあるが、プライバシーの問題もあり、全ては公開できないという回答であった。

 そして財団に支払われた10億円近くが既に使われてしまったようだ。

 

 

違法設置の慰安婦像撤去はどうなったのか

 問題はこれだけではない。既に広く知られていることであるが、在韓日本大使館前や世界各国の目立つ場所に慰安婦像が建てられている。この銅像、とりわけ在韓大使館前に建てられている像は、二つの違法性があるということが指摘されてきた。一つは韓国国内法に定められている設置許可が得られていないというものと、『公館の威厳の侵害』などを禁止したウィーン条約に抵触するというものだ。

 そこで、これに関しては、これまでは様々な応酬があったが、昨年の日韓合意では「韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」ということを盛り込むに至った。

この点について私は、違法なのに努力義務で良いのかという疑問はそもそもあったが、日韓合意から約1年が経ったので、この合意に基づき韓国政府がどのような関連団体とどのような協議を行ってきたのか、解決に向けてどのような努力を行ってきたのか、外務省に説明を求めた。

 すると、現段階では合意をしたこと自体が未だに関連団体や多くの国民に受け入れられておらず、その先にある慰安婦像の撤去・移転についての具体的な努力は行われていないとの回答であった。

 それが合意の実態である。

 

 

国際社会において合意は破られるのが現実

 いくつかの日韓合意の問題点を指摘してきたが、最後に今後の日韓関係の見通しについて触れ、日本の今後の外交方針について書いておきたい。

 総じて、韓国の政治はこれまで、政権が変われば、政策も大きく変わるという特徴を持っている。そして今の韓国の政治状況を見れば、今までと同様、朴政権下での合意は間違った判断とされ、次の政権では変えられる可能性が高い。

 実際、次期大統領の有力候補をして取り沙汰されている城南市の李在明市長は、朴槿恵大統領を「日本のスパイ」とまで言い、強烈に非難している。彼が大統領になるかどうかは分からないが、このような意見が国民の支持を得ている現状を見ると、朴政権の政策は引き継がれることはなく、日韓合意も蒸し返されるだろう。報道によれば、野党は全て次の大統領選挙で日韓合意の破棄を公約とする報道さえ出ている。

 「法」よりも「情」を優先する韓国の国民性を理解していた日本の有識者の多くは、合意が成立した昨年当初から有効なのはおそらく現政権が続く2年間だけだろうと予想していたが、現状を見ると2年も続きそうにない。

 更に、韓国の司法による判断がどうなるかという問題もある。今年3月、韓国の憲法裁判所が「日韓合意は財産権を保障した韓国憲法に反する」として元慰安婦らが起こした訴えについて裁判官9人全員により審理することを決めたと明らかにした。憲法裁判所が「日韓合意は憲法違反」という判決を下す可能性もある。そうなれば、いずれにせよ次の政権は日韓合意を見直さざるを得ない状況が強制的に作られる。

 

 良いか悪いかは別にして、「力」(防衛力やインテリジェンス能力など)の後ろ盾の無い国際的合意は簡単に破られてしまう。歴史を見れば明らかなように、残念ながら、それが国際政治の現実だということを頭に入れて外交を見なければならない。「法の支配」を徹底させようとするならなおさら、それを可能にする「力」が必要となる。

 従って、いま日本が目指すべきは、交渉の後ろ盾となる「力」を自力で身に付ける努力をする一方、それまでの間は、目先の利益に惑わされず、結局は原理原則を貫くことだと思う。小手先の外交で仮に短期的に成功したように見えても、長期的に見れば失敗に終わる可能性が非常に高いことを認識しておくべきだ。「日韓合意」が今まさに失敗に終わりそうだという現実が、そのことを如実に示している。

 そして、また別稿で詳しく述べようと思うが、現在行われている対ロシア北方領土交渉でも同様だと私は確信している。日本政府は今、これまで積み上げてきた日ソ共同宣言、東京宣言、イルクーツク声明及びその他の諸合意について軽んじるかのように「新しいアプローチ」という言葉を使用しているが、「法と正義、及び歴史」に従って四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するという原則を、二島返還や平和条約の締結という目先の利益の為に変えてはならないと私は思う。原則を変え、これまで積み上げてきた法的合意を水泡に帰してしまっては、四島の返還の法的根拠を失い、二島はおろか、経済的損失だけが残る結果になるだろう。