だけど、今の日本人は、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)がこの大法(だいほう)「三大(さんだい)秘(ひ)法(ほう)」をお残し下さったにもかかわらず、まだ知らない・気付(きづ)かない・知っても背(そむ)く・信(しん)じないというような者だらけであります。
 で、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)を信じない、杖(つえ)・柱(はしら)としない。
 そうすれば、どういう方向に行くかといえば、引っ張っていくのは貪(どん)・瞋(じん)・癡(ち)の三毒(さんどく)だけですね。貪欲(どんよく)と瞋(しん)恚(に)と愚癡(ぐち)だけですよね。欲望(よくぼう)肥(ひ)大(だい)である、キレやすくなる、そして、目(め)先(さき)の事しか分からないという愚(おろ)かしさ、こういう人生(じんせい)を送ってく。
 こういう人生(じんせい)というのは、どんなに肩肘(かたひじ)を張って強がりをしても、必(かなら)ず最後に行(い)き詰(づ)まってしまうんですね。本当(ほんとう)ですよ。
 今のグッドウィルでもっていろいろと何かいろんな事をやって報道(ほうどう)されていますが、あの折口(おりぐち)なんていう者の顔を見ると『ああ貪(どん)・瞋(じん)・癡(ち)の三毒(さんどく)だなあ。一時(いっとき)はうまく行ってもすぐに行(い)き詰(づ)まるんだなあ』とつくづく思うんですね。
 今朝も三(み)浦(うら)和義(かずよし)というあの稀(き)代(だい)の悪党(あくとう)。二十数年前の事でありまするが、あれが殺人罪(さつじんざい)でアメリカで逮捕されましたね。
 日本の警察(けいさつ)はそれをやんなかったけど、とうとうアメリカの警察(けいさつ)がやった。
 『やっぱり悪党(あくとう)というのは全部行(い)き詰(づ)まってしまうのだ』と。

 しかし、そのような悪党(あくとう)でなくても、仏法(ぶっぽう)を知らなければ、生命(せいめい)力(りょく)が弱きゆえに過去(かこ)の宿習(しゅくじゅう)に押(お)し潰(つぶ)されてまいってしまうんです。

 今の日本を見てごらんなさい。
 沖縄で14歳の少女がアメリカの海兵隊(かいへいたい)に乱暴(らんぼう)されて大騒(おおさわ)ぎになりました。
 海(かい)上(じょう)自(じ)衛隊(えいたい)のイージス艦(かん)が漁船(ぎょせん)に衝(しょう)突(とつ)して親子2名が亡(な)くなった。まことに悲(ひ)劇(げき)であります。それで大騒(おおさわ)ぎになった。
 しかし、それよりも、音もなく1年間に3万数千人の人々が毎年毎年自(じ)殺(さつ)をしてるんですよ。
 本当(ほんとう)に、1人・2人が大きなニュースになる中で、音もせず、声もなく、3万数千人が1年のうちに毎年毎年死んでる。10年間で30数万人ですよ。このように自(じ)殺(さつ)をしてる。
 みんな追(お)い詰(つ)められて壁(かべ)にぶつかって撥(は)ね返せないんですね。
 あるいは、経済(けいざい)苦(く)で金が回らない。あるいは、病(びょう)気(き)の苦しみでもって耐(た)え難(がた)い。あるいは、家(か)庭(てい)不和(ふわ)でもってどうにも生きる望(のぞ)みがない。こういう事で自(みずか)ら命を絶(た)つ。これは大変な事ですね。
 私はいつもそう思う。そういう絶望(ぜつぼう)の暗闇(くらやみ)の中で、もし日蓮(にちれん)大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の事を教えてもらって『大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)に助けて頂(いただ)きたい』と思い、そして「南無(なむ)日蓮(にちれん)大(だい)聖(しょう)人(にん)」「南無(なむ)妙(みょう)法蓮(ほうれん)華(げ)経(きょう)」ともし本当(ほんとう)に唱え奉(たてまつ)ってくるならば、必(かなら)ず、自(じ)殺(さつ)なんかする境(きょう)界(がい)であろうとも道が開(ひら)けてくるんです。
 これを大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)は

「暗(くら)きにともしび(灯)、渡(わた)りに船(ふね)、恐(おそ)ろしき所(ところ)にはまも(守)りとなる」

という事を仰(おお)せになっておられまするが、必(かなら)ずそういう事になるんですね。

 で今、個人がそのような壁(かべ)にぶつかるだけではない。日本が、全世界が、いよいよ後のない壁(かべ)にぶつかるそういう時(じ)代(だい)に来た。

 これを私は「大罰(だいばつ)の時(じ)代(だい)だ」という事を申しておりまするがそれに入(はい)ってきたんですね。
 ゆえに、やがて大(だい)聖(しょう)人(にん)の仰(おお)せのごとくに

「無(む)量(りょう)の大災難(だいさいなん)並(なら)び起(おこ)り、乃(ない)至(し)、諸人(しょにん)皆(みな)死(し)して無(む)間(げん)地(じ)獄(ごく)に堕(お)つる事(こと)雨(あめ)のごとくしげからん時(とき)」

という時が必(かなら)ず来る。

 この時に、みんなが大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の「この御(ご)本尊(ほんぞん)様を信じれば救われるんだ」とこの御言葉が耳に入るんですね。
 この時に、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の弟子(でし)として戦う者は、これがすなわち地涌(じゆ)の菩(ぼ)薩(さつ)であります。
 今顕正会は、その立(たち)場(ば)で戦える事が何とも有難(ありがた)い。

 どうか一つ、もう今は聞かなくとも、やがて「明日(あした)は分かるかもしれない」「明後日(あさって)は分かるかもしれない」順(じゅん)縁(えん)広(こう)布(ふ)の時が来てるんですから、順逆(じゅんぎゃく)二(に)縁(えん)に堂々と

「この御(ご)本尊(ほんぞん)様を杖(つえ)・柱(はしら)としなければいけない」

という事を一つ教えてあげようではありませんか。


平成20年 2月24日 浅井先生指導