「さてみなかえりしかば、じゅういちがつよりかんがへたるかいもくしょうもうふみかんつくりたり。くびらるゝならば、にちれんとゞめんとおもひてかんがへたり。『ふみこころは、にちれんによりてほんこくはあるべし。たとへばいえはしらなければたもたず、ひとたましいなければびとなり。にちれんほんひとたましいなり、へいのさもんすでほんはしらたをしぬ。ただいまみだれてそれともなくゆめごとくにもうしゅったいしていちもんちして、のちにはこくよりめらるべし。れいせばりっしょうあんこくろんくわしきがごとし』。かやうけてなかつかささぶろうもんのじょう使つかいにとらせぬ」

 『開目抄かいもくしょう』についてのおおせですね。
 さて「全員がつかわらの大庭から帰って静かになってから、だいしょうにんさまが去年の11月ににお着きになってからただちにかんがえ始めた『開目抄かいもくしょう』という文を二巻著わした」おおせになっておられる。
 「かいもくける)」というんでしょう。
 一切衆生のまなこけてほんぶつの重き重きそんざいを知らしめるというしょうが『開目抄かいもくしょう』であります。

 「くびらるゝならば、にちれんとゞめんとおもひてかんがへたり」と。

 『開目抄かいもくしょう』にはこういうもんがありますね。

 「にちれんといゐしものは、がつじゅうにちうしときくびねられぬ。
 れはこんぱくくにいたりて、かえとしがつせっちゅうしるしてえんをくれば、をそろしくてをそろ恐怖しからず。ひといかにをぢぬらむ」

 「くびらるゝならば、にちれんとゞめんとおもひてかんがへたり」おおせられる。
 だいしょうにんさまはすでに文永8年9月12日に頸を刎ねられた。これは、かんりょうであります。けいしっこうされたんですね。私はこのもんを拝する度に涙が出てくる。
 くびの座にお座り給うたうしこくこそ名字凡身のだいしょうにんさまけいしっこうせられておんがんじょじゅゆうじんと顕われ給うた。
 へいのもんにちれんだいしょうにんおんくびねたんですね。切って切れなかったのはだいしょうにんさまとくによる。
 この御振る舞いによって、ついにだいしょうにんさまが法界を自身とひらおんがんじょじゅゆうじんじょうどうあそばした。これがにちれんということであります。
 よって、くび切られるそのじょうどうのお姿、おんがんじょじゅゆうじんじんじんきょうがいを文字でもって顕わしたのがすなわち『かいもくしょう』である。
 「一切衆生はまなこけてこれを見よ」おおせられるわけであります。
 ゆえに

ふみこころは、にちれんによりてほんこくはあるべし」

「『開目抄かいもくしょう』の膨大なるもんの心を一言でえば『にちれんだいしょうにんによってほんこくの有無も、人類の存亡も決する』ということである」

おおせられる。
 だいしょうにんさまそんざいはこれほど重きものであるが、人はこれを知らず。
 よって「今、まなこひらいてこのほんぶつそんざいをしかと見よ」ということが『かいもくしょう』のぎょであります。
 そのことはどういうことかというと「家に柱がなければ家は持たないではないか。人にたましいがなければ死人と同じではないか。
 だいしょうにんさまほんの人のたましいであり、ほんこくの柱であられる。
 しかるに、へいのもんはすでにこのほんの柱を倒してしまった。
 よって、直ちにかいほんぎゃくこくしんぴつの難が起きてほんの国は亡びんとしたではないか」
ということおおせになっておられる。
 しかし、ほんの国は亡んだんですよね。これをお救いくださったのはだいしょうにんさまだいだいであります。
 ですから、へいのもんだいしょうにんさまおんくびを刎ねた百日後にどのようなげんしょうが起きたか。

 「ただいまみだれてそれともなくゆめごとくにもうしゅったいしていちもんちして、のちにはこくよりめらるべし。れいせばりっしょうあんこくろんくわしきがごとし」

 「直ちに、誰がい出したのか知らないけれども、ほうじょうときむねほうじょうときすけの兄弟の心にしんあんが芽生えたんですね。
 『あいつは俺を殺そうとしているんじゃないか』『あれがもし自分を殺そうとしているならば自分が先手を打たなければやられてしまうではないか』というしんあんが誰がことなくほうじょうときむねほうじょうときすけの間に自然と生じてきた」

 これが、しょてんの働きなんですよ。『ほうれんしょう』に「人の心にはいってかいほんぎゃくせしめる」ということがあるでしょう。
 こくしんぴつもそうですよ。『ほうおんじょう』には

ときりんごくおんてきくのごとねんおこさん。
 まさひょうしてこくやぶるべし」

 「隣の国の王が自分の胸の中に『軍隊をひきいてあの国を攻めよう』という思いを起こす。
 侵略ということは能力と意思がなければできない。たとえ侵略する意思があったとしても『隣の国に攻めよう』という意思がなければできないんです。
 その『攻めよう』という心をしょてんが隣国の王の心の中にはいって自然と『あの国を攻めよう』という心を起こさせる。
 これが、しょてんぜんじんこくしんぴつを起こさせる」ということです。

 そのこと

へいの左衛さえもんすでほんはしらたをしぬ。
 ただいまみだれてそれともなくもう出来しゅったいしていちもんどしう同士討ちして、のちにはこくよりめらるべし」

もんかいほんぎゃくこくしんぴつとしておおせられた。これは、国が亡ぶ2つの病気です。
 そうですね、国がだんけつすればものすごく強い力になるけれども、中で分裂してお互いに争ったならば内部でもって亡んでしまうでしょう。
 家の中でもそうですが、家族がだんけつしたらすごい力になるけど、真っ二つに分かれて争っていたら力はゼロになってしまう。
 ここに、かいほんぎゃくというのは非常に小さいようであるけどそのこんというのは大きいですね。
 ですから、かいほんぎゃくという民族の分裂による内乱、これは国を亡ぼす内に潜む病気ですよ。
 こくしんぴつというのは他国のぐん勢力がこの国をじゅうりんする。これはもう説明するまでもなくこっの滅亡であります。
 でこのように、こっ滅亡のかいほんぎゃくこくしんぴつという2つの災厄がしょてんの働きによって必ず起きてくる。
 もしほんぶつにちれんだいしょうにんさまをこのように命を奪わんとあだをなすならばそういうことが起きてくるのである。
 ゆえににちれんによりてほんこくはあるべし」とこうおおせられた。
 例せば『りっしょうあんこくろん』に詳しく説かれている。
 このように書き付けてなかつかささぶろうもんのじょう、すなわちじょうきん殿どのの使いにこれをとらせたというんです。
 ですから『開目抄かいもくしょう』というのは膨大な文章ですが、これをじょうきん殿どのに渡したんでしょう。
 その時にそえじょうというのがあるんですが『かんじんのほんぞんしょう』でも何でもそえじょうがあるんですね。
 そこにだいしょうにんさまが『かいもくしょう』の主旨を要約して「これはこういう意味である」とそえじょうに書いてじょうきん殿どのに書いて渡しておられるんです。
 ですから、今『開目抄かいもくしょう』全巻をじょうきん殿どのの使いに取らせたけれども、その使いに「これがそえじょうである」にちれんによりてほんこくはあるべし」「いえはしらなければたもたず、ひとたましいなければびとなり」おおせになった。これをそえじょうとしてお渡しになったというんです。