そして、この『りっしょう安国あんこくろん』におおせのげんは、ただざいにそのげんしょうを私達は拝見はいけんするだけではない。日蓮にちれんだいしょうにん仏法ぶっぽうを立てない以上は、広宣こうせん流布るふまでの間は界叛かいほんぎゃくこく侵逼しんぴつの難という事は年ごと、日ごとにこれが増大ぞうだいをしていくのですね。

 ですから、ほんの歴史を見てごらんなさい。
 だいしょうにん御入滅後、罰によって、鎌倉かまくらばくほうじょう一門いちもん滅亡めつぼうしていったでしょう。
 なぜほうじょうばくが潰れていったか。これは、大蒙古の力がずーっとあったんですよ。
 ほうじょうばくは、だいしょうにんにゅうめつにおいても「大蒙だいもうの攻め」という事におびえ続けてきたんです。そのために、鎌倉かまくらばく大勢おおぜいの武士達を九州の方に毎年まいねん毎年まいねんけんしておった。
 そのぐん事費じひたんに耐えられなくなって鎌倉かまくらばくがやがて崩壊ほうかいする。御家ごけにんほんが起きて崩壊ほうかいしていったというわけであります。
 その中に、へいの左衛さえもんほんもあるんですね。
 ですから熱原あつわらの方々のくびねて14年後において、へいの左衛さえもんほんによってちゅうりくせられた」というのもその中の内の一つで、罰として現われているわけであります。
 で、ほうじょう一門いちもん滅亡めつぼうした。このばく崩壊ほうかいによって、久々に、天皇てんのう親政しんせいが復活した。
 今まではばくぎゅうられておった。
 久々に「天皇てんのうが、みずから政治をる」という天皇てんのう親政しんせいが復活した。
 これが、だい天皇てんのうの「けんちゅうこう」であります。
 では、ばくよりもっと長く長くこの「天皇てんのう親政しんせい」が続くかと思いきや、わずか2年半で崩壊ほうかいしちゃったんですね。足利あしかが尊氏たかうじ反乱はんらんを起こしてしまった。これも罰ですよ。

 このけんちゅうこうの時、あの日目にちもくしょうにんが身を捨ててこっかんぎょうをあそばした。
 ところが、だい天皇てんのう真言しんごんしゅうにこだわって、ついに、日目にちもくしょうにんの諌暁をもちいる事がなかった。日目にちもくしょうにんだいしょうにんさまのお使いですよ。これを無視むしした。

 またたく間の内に、足利あしかが尊氏たかうじという力のある武将が反乱はんらんを起こして、何と何とこの足利あしかが尊氏たかうじこうみょう天皇てんのうという新しい皇族こうぞくの内の1人を天皇てんのうに立てたんです。これがいわゆる「ほくちょう(北の朝)」
 それから、京都から逃げていっただい天皇てんのうなんちょうを立てた。
 ここに「南北なんぼくちょうだい」といって日本にっぽんの歴史始まって以来2人の天皇てんのうが立った」というこういうだいになった。

  2人の天皇てんのうが立って国が安穏あんのんに行くはずがない。
 全国の諸大名・武士がどっちかについて戦乱せんらんが起きてきた。これが「応仁おうにんの乱」
 そして、応仁おうにんの乱を入り口として、その後、ほん列島れっとうは、血で血を洗う戦国せんごくだいが百数十年間に渡ってとうり広げられてきた。
 そして、織田おだ信長のぶなが豊臣とよとみ秀吉ひでよし徳川とくがわ家康いえやすけんあらそいがあって、そして幕末ばくまついたる。
 このだいしょうにんにゅうめつより幕末ばくまつまでの五百数十年は、まさしく、ほん列島れっとう内乱ないらん内戦ないせんだい、これが「界叛かいほんぎゃく」というんでしょ。そして、めい治維じいしんいたった。
 めい治維じいしんからは、他国のしんりゃくおびえるそういうだいが続くんです。
 ですから、めい治維じいしん以後すぐに日清にっしん戦争せんそうが起きた。にち戦争せんそうが起きた。まんしゅうへんが起きた。にっちゅう戦争せんそうが起きた。そして、太平洋たいへいよう戦争せんそうと5つの大戦たいせんあいいで起きて、日本にっぽん泥沼どろぬまに引きずり込まれていくんです。  これも、謗法ほうぼうの罪によって(戦争せんそうはしたくないですよ)ところが、引きずり込まれていくというようなだいになって、ついに昭和20年に原爆げんばくが2つ落ちて、日本にっぽんの国は打ちのめされた。
 そして、アメリカのせんりょう政策せいさくもとにおいて、日本にっぽんそう解除かいじょされたんですよ。
 「りょくなんか持ってはいけません」「防衛ぼうえいならアメリカがしてやる」と言ってそう解除かいじょされた。
 日本にっぽんそう解除かいじょされただけではなく、精神もそう解除かいじょされてしまって、今や国民こくみんは眼前のきょうらくうつつをぬかして、国を守るがいまですっかりうしなってしまった。
 この時に、だいしょうにんさま御予ごよげんの前代未聞の大闘だいとうじょうが今起こらんとしてる。
 この前兆として、きゅう規模きぼにおけるしょうだいへんが起きようとしている。
 これが世間でさわいでいる「きゅう温暖おんだん」なんていう物ですよ。このだいへんというものは大闘だいとうじょうまえれである。
 しかも、今、かいきょうこうがまさに始まらんとしておる。
 やがて、食糧しょくりょうげんうばいが起こる。核を持ったかくかいの国々が、このうばいによって大闘だいとうじょういたる。
 そう解除かいじょされている日本にっぽんが、国を守る力のない日本にっぽんが守ろうとしてどうして守れよう。
 これこそ日本にっぽんの亡国にいた大闘だいとうじょうが今始まらんとしてる。
 この時、いよいよだいしょうにんさまのお力によって広宣こうせん流布るふするんです。
 だいしょうにんさま

梵天ぼんてんたいしゃくはからいによって、ほんごくいちしんずることあるべし」

おおせになっておられますが、私達は、どうした事かその時に生まれ合わせた。

 今、宗門・学会共に国立こくりつ戒壇かいだんを捨ててる時に、遺命ゆいめいほうずる127万の顕正会員こそだいしょうにんさまの御味方を申し上げて、大事な奉公ほうこうつらぬかなければいけない。

 必ず、だいしょうにんさまのお力によって広宣こうせん流布るふは成る。それをお手伝いできる私達は何と幸せな事であろうか。
 『りっしょう安国あんこくろん』の月7月も、すでに本日1日で終わりとなります。
 どうか、真心を尽くして、順逆じゅんぎゃくえんに対してだいしょうにんさまだいさ、本尊ほんぞんさまどくを説き切っていこうではありませんか。


平成20年 7月27日 浅井先生指導