さて、最後に次の一段ですね。これはいっさいしゅじょうの帰依信順の瑞相ずいそうを示されているんですね。
 いっさいしゅじょうだいしょうにんさまに帰依ししんじ順ずるその瑞相ずいそうざいに顕われている。それをここに顕わしておられる。

 「はるかばかりありていわく『さがみ相模もうすところへらせたまへ』ともうす。れはみちものなし『さきうちすべし』ともうせども、うつひともなかりしかばさてやすらふほどに、もののふいわく『それこそそのみちにてそうらへ』ともうせしかばみちまかせてく。うまときばかりにもうところきたりしかば、ほんろくろうもんいへりぬ。さけせてものゝふどもにませてありしかば、おのおのかへるとて、かうべをうなだれあざえてもうすよう『このほどはいかなるひとにてやをはすらん。われたのみてそうろうぶつそしらせたまうとうけたまわれば、にくみまいらせてそうらいつるに、たりをがみまいらせそうらいつることどもをそうらえば、たうとさに、としごろもうしつるねんぶつそうらいぬ』とて、ぶくろよりだしてつるものあり。『いまねんぶつもうさじ』とせいじょうつるものもあり。ろくろうもんろうじゅうとうばんをばりぬ。もんのじょうかへりぬ」

 いっさいしゅじょうが帰依信順するその瑞相ずいそうをすでにざいにおいてお示しになっておられる。
 「はるかばかりありて」というのはしばらくそのまま竜の口の刑場でもって時計が止まったようにみんながだまってしまってそのまま時が過ぎたんですね。
 これは、ばくへいたちきょだつじょうたいになっちゃったんです。
 で、ほうじょうときむね自身がどうしていいかわからない。くびを切ろうとして切れなかった。どうしたらいいのだろうか。でもって命令もくだせなかったんですね。
 ですから「はるかばかりありて」おおせのごとく時間が空しく過ぎて行ったんです。何の指示もなかった。
 で、しばらくしてから指示があった。ほうじょうときむねの御所から使いがあったんですね。
 どういう使いかさがみ相模もうすところへらせたまへという使いであった。
 がみにはほんろくろうもんの屋敷があるんですね。
 さっきったさしのこう殿どのほうじょうのぶとき)は佐渡のしゅ職でありまするが、そのにんとして佐渡の地頭職を務めていたのがほんろくろうもん、その屋敷がにあるからそこでとりあえず預けようということになって向かった。
 どうですか、みんなが憎んでこくはんのように扱い、さっきまでらんぼうろうぜきを働いただいしょうにんさまさがみ相模もうすところへらせたまへと敬意を示すまで一変しちゃったでしょう。
 これはすなわち捕えに来たこっけんりょくこくはんからほんぶつと帰依するいっさいしゅじょうへと立場が一変してしまったんですね。
 ところが「へおはいください」とってもどう行っていいかわからない。道を誰も知らないんです。
 だいしょうにんさまが「先導しなさい」とこうおおせになられても先導する者もないというんですね。そこで、しばらくまた休んだ。
 ところが、その中であるへいが「これこそを通る道でございましょう」とったので道に任せて行った。
 そして、うまの時(正午)になってほんろくろうもんの家に着き、だいしょうにんさまの御一行がおはいりになった。
 さあ、そこで何とだいしょうにんさまほんろくろうもんに対して「酒を持ってきなさい」とって酒を取り寄せられてへいたちに飲ませたんですね。
 この時へいたちは罪人に対するけいへいなんていうものじゃないんです。だいしょうにんさまの家来となってしまっているんですよ。でなければ酒など飲まないでしょう。
 夕べからみんな徹夜ですからね(大笑)。疲れ切っておる。
 そこでだいしょうにんさまは「御苦労であった」とこうおおせられてほんろくろうもんに酒を出されて、そしてみんなに振る舞わせた。
 そしたらば数百人のへいたちが役目を終えて「これで帰らせていただきます」とみんながこうべをうなだれて頭を下げて手をあざえて、完全にだいしょうにんさまに平身低頭を申し上げたんですね。
 これがつい数時間前まで殺そうとしていきりだっていたへいたちなんです。
 そして、みんなが口をそろえてこういうことったというんです。

 「このほどはいかなるひとにてやをはすらん。われたのみてそうろうぶつそしらせたまうとうけたまわれば、にくみまいらせてそうらいつるに、たりをがみまいらせそうらいつることどもをそうらえば、たうとさに、としごろもうしつるねんぶつそうらいぬ」

 「今回の事、一体あなた様はどのようなお方なのでございましょうか(これは『だいしょうにんさまがいかにとうといお方なのか』ということがみんな分かってきたんです)。
 今まで自分達がしんじておったぶつの悪口をっているということを聞いていたのであなた様を今まで憎んでおりましたけれども、今眼前に拝みまいらせたことを見るならば、だいしょうにんさまのお姿のあまりのとうとさにもう今まで長年唱えてきたねんぶつは今日でもって捨てました」

 こうって、火打ち袋からねんぶつの数珠を取り出して捨てる者も出てきた。
 あるいは「今後はもうねんぶつは唱えません」とってだいしょうにんさませいじょうを立てる者も出てきたというんです。
 どうですか、いっさいしゅじょうの帰依信順の瑞相ずいそうだいしょうにんさまの御側におった数百人のへいたちがことごとくたてまつった。
 これは、広宣こうせん流布るふの時にそういうことが現われるということ瑞相ずいそうなのであります。
 で、ほんろくろうもんの直属の家来たちがこれら数百人のへいたちからバトンタッチして「自分達が今後番をやりますから」とって代わり、数百人のへいたちはみんなこうべをうなだれたまま帰ったというんです。
 そして、これを見届けてじょうきん殿どのもお帰りになったということであります。
 まことに、このお姿を拝しますとしゅほんぶつじょうどうの何とも崇高なるお姿、厳粛なるお姿を拝見して、今までだいしょうにんさまを憎んでおったへいたち仏性ぶっしょうが一時にひらいたんでしょう。
 ですから、罪人とけいへいというかんけいが一変してほとけさまと帰依したてまついっさいしゅじょうとの会計になってしまったというんです。
 ここに、竜の口の大現証がいかに重大なのか。ぼんは理屈でわかるものじゃないですよ。
 私はいつも申しまするがね、だいしょうにんさまほんぞんさまとうとさ、その御内証を『かんじんのほんぞんしょう』をずーっと佐渡の島で著わされたがいくら読んでもぼんにはわかりません。実感が湧いてくるものじゃないですよ。読んでわかるならばだいしょうにんさまに御難はありません。
 そこに、ぼんというのは眼前の理屈抜きの強烈なるじつの現証を持って「ほとけさまとはいかなるお方なのか」ということが初めてわかるんですね。
 こっけんりょくくびねんとして、不可思議ふかしぎなる大現証によってついにひれ伏してしまった。
 この大現証を見た時にほとけさまというこの重大なる重き重きそんざいがこの世にあったんだ」ということが初めてみんなが気が付くわけであります。
 広宣こうせん流布るふの時もそうなんですよ。やがてだいしょうにんさまの重きそんざいほん一同に分かる時が来る。
 そしてだいしょうにんさまによってほんこくの有無はあるのだ」「それほど重いほとけさまがこの国にましましたんだ」ということに全員が目覚める時が広宣こうせん流布るふなんです。もう今その前夜ですね。
 その時に必ずしょてん前代ぜんだいもん大闘諍だいとうじょうを起こす時が来る。
 「何で日本にっぽんの国はこうなっちゃうのか」「何で日本にっぽんの国が亡びるのか」その恐ろしさ、怖さのあまりにだいしょうにんさまの重きそんざいにみんなが目覚める時がある。
 ですから、竜の口というのは700年前の出来ことでありますが、まっぽうまんねんの全人類に「ほとけさまとはかくなるものぞ」ということを見せしめる大現証であります。
 そして、このこと広宣こうせん流布るふの時に分からせる。誰がこの戦いをやるのか。
 これこそ、今濁悪の世に生まれ合わせた百万の顕正会員が一結してだいしょうにんさまほうこうを申し上げなければならん戦いであります。
 もしこの戦いが遅れてしょてんが見て見ぬふりをするようならばだいしょうにんさまから必ず罰を受けるであろうと私は確信かくしんしております。