さて、最後に次の一段ですね。これは一切衆生の帰依信順の瑞相を示されているんですね。
一切衆生が大聖人様に帰依し信じ順ずるその瑞相が御在世に顕われている。それをここに顕わしておられる。
「はるか計りありて云く『さがみのえちと申すところへ入らせ給』と申す。此れは道知る者なし『さきうちすべし』と申せども、うつ人もなかりしかばさてやすらふほどに、或る兵士の云く『それこそその道にて候へ』と申せしかば道にまかせてゆく。午の時計りにえちと申すところへゆきつきたりしかば、本間の六郎左衛門がいへに入りぬ。さけとりよせてものゝふどもにのませてありしかば、各かへるとて、かうべをうなだれ手をあざえて申すよう『このほどはいかなる人にてやをはすらん。我等がたのみて候阿弥陀仏をそしらせ給うとうけ給われば、にくみまいらせて候いつるに、まのあたりをがみまいらせ候いつる事どもを見て候えば、たうとさに、としごろ申しつる念仏はすて候いぬ』とて、ひうちぶくろよりずゞとりいだしてすつる者あり。『今は念仏申さじ』とせいじょうをたつる者もあり。六郎左衛門が郎従等番をばうけとりぬ。さえ門じょうもかへりぬ」
一切衆生が帰依信順するその瑞相をすでに御在世においてお示しになっておられる。
「はるか計りありて」というのはしばらくそのまま竜の口の刑場でもって時計が止まったようにみんなが黙ってしまってそのまま時が過ぎたんですね。
これは、幕府も兵士達も虚脱状態になっちゃったんです。
で、北条時宗自身がどうしていいかわからない。頸を切ろうとして切れなかった。どうしたらいいのだろうか。でもって命令も下せなかったんですね。
ですから「はるか計りありて」と仰せのごとく時間が空しく過ぎて行ったんです。何の指示もなかった。
で、しばらくしてから指示があった。北条時宗の御所から使いがあったんですね。
どういう使いか「さがみのえちと申すところへ入らせ給」という使いであった。
相模の依智には本間六郎左衛門の屋敷があるんですね。
さっき言った武蔵守殿(北条宣時)は佐渡の守護職でありまするが、その家人として佐渡の地頭職を務めていたのが本間六郎左衛門、その屋敷が依智にあるからそこでとりあえず預けようという事になって向かった。
どうですか、みんなが憎んで国事犯のように扱い、さっきまで乱暴狼藉を働いた大聖人様に「さがみのえちと申すところへ入らせ給」と敬意を示すまで一変しちゃったでしょう。
これはすなわち捕えに来た国家権力と国事犯から御本仏と帰依する一切衆生へと立場が一変してしまったんですね。
ところが「依智へお入り下さい」と言ってもどう行っていいかわからない。道を誰も知らないんです。
大聖人様が「先導しなさい」とこう仰せになられても先導する者もないというんですね。そこで、しばらくまた休んだ。
ところが、その中である兵士が「これこそ依智を通る道でございましょう」と言ったので道に任せて行った。
そして、午の時(正午)になって依智の本間六郎左衛門の家に着き、大聖人様の御一行がお入りになった。
さあ、そこで何と大聖人様は本間六郎左衛門に対して「酒を持ってきなさい」と言って酒を取り寄せられて兵士達に飲ませたんですね。
この時兵士達は罪人に対する警護の兵士なんていうものじゃないんです。大聖人様の家来となってしまっているんですよ。でなければ酒など飲まないでしょう。
夕べからみんな徹夜ですからね(大笑)。疲れ切っておる。
そこで大聖人様は「御苦労であった」とこう仰せられて本間六郎左衛門に酒を出されて、そしてみんなに振る舞わせた。
そしたらば数百人の兵士達が役目を終えて「これで帰らせて頂きます」とみんなが頭をうなだれて頭を下げて手をあざえて、完全に大聖人様に平身低頭を申し上げたんですね。
これがつい数時間前まで殺そうとしていきりだっていた兵士達なんです。
そして、みんなが口をそろえてこういう事を言ったというんです。
「このほどはいかなる人にてやをはすらん。我等がたのみて候阿弥陀仏をそしらせ給うとうけ給われば、にくみまいらせて候いつるに、まのあたりをがみまいらせ候いつる事どもを見て候えば、たうとさに、としごろ申しつる念仏はすて候いぬ」
「今回の事、一体あなた様はどのようなお方なのでございましょうか(これは『大聖人様がいかに尊いお方なのか』という事がみんな分かってきたんです)。
今まで自分達が信じておった阿弥陀仏の悪口を言っているという事を聞いていたのであなた様を今まで憎んでおりましたけれども、今眼前に拝みまいらせた事を見るならば、大聖人様のお姿のあまりの尊さにもう今まで長年唱えてきた念仏は今日でもって捨てました」
こう言って、火打ち袋から念仏の数珠を取り出して捨てる者も出てきた。
あるいは「今後はもう念仏は唱えません」と言って大聖人様に誓状を立てる者も出てきたというんです。
どうですか、一切衆生の帰依信順の瑞相が大聖人様の御側におった数百人の兵士達がことごとく南無し奉った。
これは、広宣流布の時にそういう事が現われるという事の瑞相なのであります。
で、本間六郎左衛門の直属の家来たちがこれら数百人の兵士達からバトンタッチして「自分達が今後番をやりますから」と言って代わり、数百人の兵士達はみんな頭をうなだれたまま帰ったというんです。
そして、これを見届けて四条金吾殿もお帰りになったという事であります。
まことに、このお姿を拝しますと下種の御本仏の御成道の何とも崇高なるお姿、厳粛なるお姿を拝見して、今まで大聖人様を憎んでおった兵士達の仏性が一時に開いたんでしょう。
ですから、罪人と警護の兵士という関係が一変して仏様と帰依し奉る一切衆生との会計になってしまったというんです。
ここに、竜の口の大現証がいかに重大なのか。凡夫は理屈でわかるものじゃないですよ。
私はいつも申しまするがね、大聖人様が御本尊様の尊さ、その御内証を『観心本尊抄』をずーっと佐渡の島で著わされたがいくら読んでも凡夫にはわかりません。実感が湧いてくるものじゃないですよ。読んでわかるならば大聖人様に御難はありません。
そこに、凡夫というのは眼前の理屈抜きの強烈なる事実の現証を持って「仏様とはいかなるお方なのか」という事が初めてわかるんですね。
国家権力が頸を刎ねんとして、不可思議なる大現証によってついにひれ伏してしまった。
この大現証を見た時に「仏様というこの重大なる重き重き御存在がこの世にあったんだ」という事が初めてみんなが気が付くわけであります。
広宣流布の時もそうなんですよ。やがて大聖人様の重き御存在が日本一同に分かる時が来る。
そして「大聖人様によって日本国の有無はあるのだ」「それほど重い仏様がこの国にましましたんだ」という事に全員が目覚める時が広宣流布なんです。もう今その前夜ですね。
その時に必ず諸天が前代未聞の大闘諍を起こす時が来る。
「何で日本の国はこうなっちゃうのか」「何で日本の国が亡びるのか」その恐ろしさ、怖さのあまりに大聖人様の重き御存在にみんなが目覚める時がある。
ですから、竜の口というのは700年前の出来事でありますが、末法万年の全人類に「仏様とはかくなるものぞ」という事を見せしめる大現証であります。
そして、この事を広宣流布の時に分からせる。誰がこの戦いをやるのか。
これこそ、今濁悪の世に生まれ合わせた百万の顕正会員が一結して大聖人様に御奉公を申し上げなければならん戦いであります。
もしこの戦いが遅れて諸天が見て見ぬふりをするようならば大聖人様から必ず罰を受けるであろうと私は確信しております。
