今私はおもうんですね、ほんこくちゅうに「こうよう」の2字がほんでもってなくなっちゃったでしょう。
 新聞を読もうと雑誌を読もうと何を読もうと「こうよう」という2字がどこかへすっ飛んでいっちゃったんですね。
 これは、今「きょういくほんほう」なんていろんなことってマッカーサーが決めたんですが、あれがちがっているから日本にっぽんの青少年がめちゃめちゃになったなんてって「きょういくほんほうを変えよう」なんて動きがありますけれども、私は『人倫の根本はこうようにある』『にんげんかんけいもっとも基本となるのは親と子である』おもっております。
   親は慈悲をもって子供を育てる。子供はその恩に報ずる。この親子のこうようかんけい、これが人倫の根本ですべてはここから始まるんです。
 ですからだいしょうにんさまこうもうすはこうなり、てんたかけれどこうよりもたかからず。またこうとはこうなり、あつけれどもこうよりはあつからず」おおせられる。
 このだいしょうにんさまが最期の時に「我まず仏となってそのどくを父母に回向せん」とおおせられ、そして「そのあまりをだん並びにいっさいしゅじょうに与える」とおおせられる。
 このほうおんだいだい、今のきょういくほんほうにおいても広宣こうせん流布るふになったら「こうよう」のだいを教えなければいけない。国のために役に立つ生き方を教えなければいけない。
 その大前提としてまず「人生の柱とすべきものはだいしょうにんさまぶっぽうなんだ」ということを青少年に教えなければいけません。
 これは広宣こうせん流布るふになったらそういうきょういくほんほうを作らなければいけないと私はおもっております。