「さてへいのもんのじょういちろうじゅうしょぼうもうものはしりて、にちれんかいちゅうせるきょうだいまきだして、おもてさんさいなみて、さんざんらす。またかんきょうつわものどもらして、あるいはあしみ、あるいはにまとひ、あるいはいたじきたゝみとういえさんげんらさぬところもなし」

 まつやつあんしつになだれ込んできたへいたちろうぜきぶりですね。
 まずなだれ込んできたへいのもんの目の前でもって一の子分であるしょぼうというものだいしょうにんの御側に走り寄って、だいしょうにんさまふところれておられたきょうの第五の巻を取り出だして、あろうことだいしょうにんおんかおを三度打ちたてまつったというんです。
 そして、杖として打ちたてまつった後にきょう第五の巻をずらっとひらいたんですね。それが打ち散らすということであります。
 このしょぼうという男は実はだいしょうにんさまの門下だったんですよ。だったんですよ。
 ところが、この男に魔がはいって欲にたぶらかされたんでしょうね、退転をしてあろうことへいのもんの一の子分になったんです。
 でこの時に恐らく前々から打ち合わせておったんでしょうね「自分が真っ先に駆け寄ってやります」ということでもって、へいのもんの目の前でもってだいしょうにんさまはずかめて、もって自分が点数を稼いで恩賞おんしょうにあずかろうとしたんでしょうね。
 これがしょぼうという退転者の中でもって代表的な男の正体であった。
 だいしょうにんさまが何度もしょの中にこのしょぼうの名前をおげになっておられます。
 「よくふかく、こころをくびやうに、にしてしましゃりしやつばらなり」ということおおせになっておられます。
 だいしょうにんさまはこの時たまたまふところの中に入れておられたきょうの第五の巻、これにはかんぼんがある。
 このかんぼんにはまっぽうにおいてみょうほうれんきょうひろめるならば杖で打たれるであろう」ということが説かれているんですね。
 「そのことを説いてある経文を杖として打たれた」ということだいしょうにんさまは「経文身読」ということおおせになっておられる。
 まことにおそれ多い極みですね。だいしょうにんおんかおを三度ばかりたてまつった。こういう者がげんごくちるんですね。
 そして、これを見て他のへい共も一斉にこれをまねたんですね。
 残りのへいたちは(きょうというのは全部で10巻ありまするが、第五の巻はだいしょうにんさまふところからしょぼうが抜き取った)残りの九巻を一巻一巻ひらいては打ち散らして足で踏み、あるいは着物のたんもののように肩から身にまとい、あるいは板敷やたたみ等の家の二三間に全部ばらまいた。大変なrらんぼうろうぜきであります。
 要するに、しょぼうがこれをやってみせたんです。それを見て他の者もやった。
 同時に、これら数百人のへいたちだいしょうにんさまことを「阿弥陀仏のかたきである」と前々から誤解をして、あるいは「政治犯である」とのデマを本当にしんじ込んでおってどれほど憎んでおったかということの表われですね。