敗戦後、GHQはにっぽんぐん国主こくしゅの源泉となったこっしんとうを解体するために「しんとうれい」を出し、また、てんのう自身に「人間宣言」を発せしめ、あらひとがみであることを否定させた。
 そして、それまで宗教を超越したこっさいと位置付けられてきた全国の約8万のじんじゃこっと完全に切り離されてそのうしない、単なる民間の宗教法人に格下げされ、じんじゃかいが自らをまとめる組織としてじんじゃほんちょうを設立しました。
 さらに、1947年(昭和22年)にはGHQのそうあんを基に作られたほんこくけんぽうが施行されました。
 せんせいほんこくけんぽうはアメリカ依存の属国けんぽうである」てきされるも、政教分離の規定でこっしんとうを除去したことに関してはこうせきおおせであります。
 しかし、じんじゃほんちょう並びに後に設立されるにっぽんかい等の保守層は、GHQのしんとうれいによってこっしんとうが解体され、人間宣言によっててんのうあらひとがみであることを否定させられ、ほんこくけんぽうという最高法規でそれらのことががんじがらめに縛られたことに対しにっぽんたましいが壊された」との強いそうしつかんを持つと共に「いつか必ずあらひとがみたるてんのう中心の国体を取り戻さなければならない」との憧憬しょうけいを抱くに至るのであります。
 これこそがにっぽんかいじんじゃほんちょうかいわいやからを動かし続ける根本的な原動力であり、しゅしょうかかげた戦後レジームからのだっきゃくの本質なのであります。
 こうしたそうしつかんを原動力として、じんじゃほんちょうやすくにじんじゃこっ護持や元号はい反対などのせい的課題に取り組むためのロビーかつどう団体である「しんとうせいれんめい」を設立しました。
 さらに、1974年(昭和49年)にはじんじゃほんちょうを始めめいじんぐうとみおかはちまんぐうなどのじんじゃ並びにりんざいしゅうそうとうしゅうなどの既成仏教、さらには、生長の家、ぶっしょねんかい教団などのしんしゅうきょう等のほうぼうが結集し「にっぽんまもる会」が設立されました。
 このにっぽんまもる会の理論的支柱となったのがにっぽんは神の国」「てんのうあらひとがみである」ことを教義の中心に置き、現行けんぽうを「無効」と主張してめいけんぽう体制への回帰を生涯目指し続けた生長の家の教祖たにぐちまさはるであります。
 そして、にっぽんまもる会のきょくとして実務運営を担ったのがたにぐちまさはるの強い影響を受けたかばしまゆうぞうとうてつら生長の家のかつどうであります。
 一方、1981年(昭和56年)には宗教色を薄めた世俗的な財界人、旧ほんぐん将校OB、学者、文化人などの保守層を集めた「にっぽんまもこくみんかい」が設立され、こちらのきょくもまた生長の家のかつどうらがにないました。
 そして、1997年(平成9年)にはこの2つの団体が合流してにっぽんかいが設立され、同時に「にっぽんかいこっかいいんこんだんかい」も設立されました。
 にっぽんかいかいちょうには元最高裁判所長官や元大学学長など権威ある肩書の人物がいているものの、実際に実権を握り戦略を立てて全国組織を動かしているのはかばしまゆうぞうとうてつくだんの生長の家のかつどうなのであります。
 そして、にっぽんかいが世論づくりや選挙支援を担い、にっぽんかいこっかいいんこんだんかいこっかい内での立法推進をになうという表裏一体のせいインフラがここに完成したのであります。
 このにっぽんかいこっかいいんこんだんかいの特別顧問を務め、にっぽんかいが長年目指してきた「自主けんぽう制定」と「戦後レジームからのだっきゃく」をしゅしょうの立場で強力に推進したのがしんぞうでした。
 同議連ふくかいちょうたかいちなえしんぞうの後継者を自認し、にっぽんかいちゅうすうメンバーのとうてつとは若い頃から行動を共にし、その強い影響を受けております。
 たかいちしゅしょうこっかいいんになる前の20代だった頃、今は存在しない立法政策研究センターという組織の専門研究員の肩書でかつどうしており、同センターにはとうてつにっぽんかいちゅうすうメンバーの一人であるたかはしろうも「主任研究員」という肩書で在籍し、共にかつどうしていました。
 すなわち、たかいちしゅしょうにっぽんかいちゅうすうになう二人のどうを直接受ける立場にあったのであります。
 その後にたかいちしゅしょうは国政に進出し、にっぽんかいこっかいいんこんだんかいに設立当初から参加し、そのふくかいちょうとしてこっかいいんの立場でにっぽんかいの意向をじつげんせんとかつどうしてきた。
 このようなけいを見る時、にっぽんかいちゅうすうメンバーのとうてつたかいちなえみんとう総裁に選出された昨年10月に「神にっぽんを見捨て給わず。神様はやっぱりこのほんこくを見捨ててはおられなかった。にっぽん再生のための最後のエースをごとに当選させてくださった」と大喜びした意味がよく分かります。
 まさしく、戦後GHQの占領政策からのだっきゃくを目指し長年かつどうしてきたにっぽんかいちゅうすうメンバーのとうてつ「最後のエース」と評するたかいちしゅしょうに求めていることこそ、てんのうあらひとがみとしてにっぽんの中心とするめいけんぽう的な国体回帰、まさに、神の国を作らんとするよこしまかいけんであることうたがいなきところであります。
 他ならぬたかいちしゅしょう自身がブログにおいて

「『未来に渡って、せいはもとより多くのこくみんに英霊憲章(やすくにじんじゃで戦没者を慰霊する祭祀)に参加していただける環境をととのえること」『現行けんぽうに代わる新しいほんこくけんぽうを作ること』この2つをせいとしての自分の最後のごと

べ、それらのもくひょうを達成し、しんぞうが唱えた「戦後レジームからのだっきゃく」を成し遂げることこそが私の世代の果たすべき未来への責任としるしている。
 これこそがたかいちしゅしょうの究極の目的であり、彼女は今それを果たさんとしているのであります。