しかし、だいしょうにんさまのお力によって、必ずほん一同いちどうが「南無なむ日蓮にちれんだいしょうにん」と声をつるべて「南無なむみょう法蓮ほうれんきょう」と唱えたてまつる時がるんです。
 そして、見ててごらんなさい。広宣こうせん流布るふぜんにはこの「信心しんじんしょう」を「我もいたし、人にもすすめる」このだい潮流ちょうりゅうが国中に満ち満ちるんですね。
 いまそれが顕正会の姿となってあらわれつつあるではないですか。
 この力が、このうねりが、時が来ればもっと大きくなる。全ほんじんが揺さぶられる時がるんです。

 先般のそうかんかいでも私はうれしかったですね。
 あのすずゆうさんという人の体験たいけんはっぴょうを聞いた時に『ああこれが一念いちねんしんしょずいという物なんだなあ』という事をつくづく思ったんです。
 あの『しんほんしょう』には末法まっぽう初心しょしんぎょうじゃすなわち、末法まっぽう全人類ぜんじんるいは、しゃ仏法ぶっぽうの難しいしゅぎょうなどは一切いっさいする必要はない。

檀戒等だんかいとう五度ごどせいして、一向いっこう南無なむみょう法蓮ほうれんきょうとなえせしむるを、一念いちねんしんしょずいぶんすなり」

末法まっぽうたいしゅう一念いちねんしんしょずいでいいんだ。そのまま信心しんじんしょうてっする事によってじょうぶつする事ができる」

という事を『しんほんしょう』に

檀戒等だんかいとう五度ごどせいして、一向いっこう南無なむみょう法蓮ほうれんきょうとなえせしむるを、一念いちねんしんしょずいぶんすなり」

おおせになっておられます。
 ですずゆうさんの話を聞いて『まさにしょずいだ』と思った。
 一念いちねんしんしょずいまったく同じですね。
 「一念いちねんしん」というのはただ何も分からずに『有難ありがたい』としんずるのが一念いちねんしん
 「しょずい」というのは、仏法ぶっぽうの話を聞いたところでただちに『有難ありがたい』という気持ちを起こす。まったく同じ。
 しょずい」「初めてずいの心を起こす」
 仏法ぶっぽうの話を聞いて「ああそんなにだいしょうにんさま有難ありがたほとけさまなんですか」と言って心にかんを起こす。このくらい
 ですから、聞けば

すずさんは、一冊のかんぎょうしょを手にしてペラペラめくったら日蓮にちれんだいしょうにんの事が書いてある。そこで、その時わくわくする気持きもちでんでった。
 そして『日蓮にちれんだいしょうにんというお方は何とだいなお方なのか』というかんを持って、それから、南無なむみょう法蓮ほうれんきょうとなえ始めた。すすめられるままに信心しんじんしょうに立った」

というわけなんでしょう。まさにこれ「一念いちねんしんしょずい」の信心しんじんしょうですよ。
 そして、クローン病という大難だいなんびょうで口から肛門こうもんいたるまでの全しょうかんえんしょうを起こしちゃって、食べ物を口からる事ができない。
 ために、38年間も口かられずに、栄養分えいようぶん頸動けいどうみゃく血管けっかんかられてやしなっておった。
 ために、しょうかんおとろえてきて、そして、食べ物のあじもすっかりわすれてしまった。
 そうでしょうね、38年間も食べなかったらあじわすれてしまいますね。
 ところが、その信心しんじんしょうてっするや、これが「本当に、本尊ほんぞんさましんじきった」という心が強くて、南無なむみょう法蓮ほうれんきょうとなたてまつるわすかなかんに(9月入信と聞いておりまするが)、10月の体験たいけんはっぴょう「わずかなかんの間に食べる事ができた。それがしょうされてきた。だから、4kgもふとっちゃった」っていうんですね。
 そのかんおもいが顔に現われておったんですね。「何ともうれしい」というかおをして。
 そして、しかも、同じやまいで苦しむどうりょうを知っておるから、早速さっそくこの本尊ほんぞんさまどくを伝えた。そしたら、相手も入信した。

 どうです。これは「信心しんじんしょうを我もいたし人にもすすめる」という姿そのものでしょう。
 こういう事が末法まっぽう広宣こうせん流布るふの近くになってくるといたる所でもって「だいしょうにんさましんじた」「すすめられるままに南無なむみょう法蓮ほうれんきょうとなたてまつった」そのどくかんして、その大潮流がほん中をおおう時がる。
 これがこうぜんだいしょうにんさまのお力によって成るんですね。