いけだいさくいっとうよ、これでもなおほんもんかいだんだいほんぞんを特別なほんぞんであるであるとする解釈はだいしょうにんしょにも日興にっこう上人しょうにんの著作類にも見られない」などとたばかるのかといたい。
 ましてや他ならぬがっかいはかつて日蓮にちれんだいしょうにんしゅっほんがいほんもんかいだんだいほんぞんこんりゅうであり、弘安2年10月12日にじょうじゅされた」と明確にべていた。これまさに、特別なほんぞんなればこそではないか。
 いけだいさく「時代の進展によって変更しなければならない教義や矛盾に満ちた宗教は『あやまれる宗教』と断定すべきである」との『人間革命』の一説に照らせば、がっかいの誤りは赫赫かくかく明明めいめいであります。
 また、未曾有みぞうじゃきょうについて重ねてつんざいておきます。
 いけだいさくいっとう日蓮にちれんだいしょうにんしゃくそんを根本の仏として最大にうやまい、その教えを正しく拝した上でしゃくそんから滅後悪世の弘通をたくされたじょうぎょうさつの使命を自ら果たし」などとしゃくそんほんぶつと位置づけ、だいしょうにんを単にしゃくそんの使い」「じょうぎょうさつの働きを行うもの」などとおとしめている。
 さらに日蓮にちれん正宗しょうしゅうだいしょうにんを『久遠実成のしゃくそんより先に存在した仏だ』として神秘性を殊更に強調して」などとっては日蓮にちれんだいしょうにんおんがんじょじゅゆうじんまっぽうしゅにんほんぞんにてましますことを否定したのであります。
 これまさしく、不相伝の身延派のごとき教義に改変し、未曾有みぞうじゃきょうおちいったという他はありません。
 かつてがっかいいけだいさくが監修した『仏教哲学大辞典』にこう正論をしるしていた。

 「にんほんぞんとはおんがんじょじゅゆうほうしんの再誕、まっぽうしゅの主師親、ほんにんみょうきょうしゅだいだい日蓮にちれんだいしょうにんである。
 日蓮にちれんだいしょうにんまっぽうほんぶつとしてしんじんに励むことじょうぶつ直道じきどうである。
 もしこれにまよえばげんごくに堕すことになる」と。

 この以前の正しい教義に照らせば、現在のがっかいいんはことごとくげんごくに堕ちることになる。
 この矛盾を見ただけで、がっかいの誤りはめいはくであります。


令和7年 8月25日 8月度 総幹部会 浅井会長指導

令和7年 8月25日 8月度 男子部班長会 行成総男子部長指導

出雲事務所御入仏式 浅井会長メッセージ