いっしゅうを終えた今、三百万に向けてそくをつけるべく最終さいしゅう法戦ほうせんの残り一月、全男子部員はまなじり決して立ち上がり、顕正会四万大突破におこたえする過去空前のだいしゃくぶくを為してまいらんとけつするものであります。
 10月度総幹そうかんかいにおいてあさかいちょうは、今学会員が続々と入会していることを恐れた学会が組織防衛にやっになり、警察に泣きついていることを教えてくださいました。
 ことに、昨年11月の学会執行部によるぜん極まる池田大作の死亡公表がけっていとなり、拭い切れない不信感を抱いた学会員があさせんせいの成仏の妙相を知ってはどうしゅうしょうだんしょうしんしていることに、せんせいが御自身の臨終りんじゅう現証げんしょうをもって学会員を救っておられることせんせい逝去せいきょ一月後に池田大作の死亡が公表されたこと自体だい聖人しょうにんさまぶっであることをよくよく分からせていただきました。
 そこに、男子部は今こそ学会員をせんせいの下に糾合きゅうごうすべく先般発刊された特別とくべつ追悼号ついとうごうを片手に、せんせいの御慈愛を全学会員に伝えきってまいらんと強くおもうものであります。
 この度かいちょうは10月の意義について深きおもいを明かしてくださいましたが、ぼうたる涙をどうすることもできませんでした。
 まずかいちょうは、せんせい逝去せいきょされて以降初めてのたいしきは、せんせいがいらっしゃった時とまったく変わらぬ厳粛げんしゅく荘重そうちょうな空気であったことに触れられましたが、を継がれるかいちょうの下でますますせんせいと異体同心を深めている顕正会の正しさをはだに感じ、また御講演において師敵対・無道心の学会・宗門では絶対ぜったいに拝しない甚深じんじんの御法門をせんせいからいただけた有難ありがたさで胸がいっぱいとなりました。
 次いでかいちょうは、その3日後の10月16日に奉修ほうしゅうされたせんせいいっしゅう法要ほうようの意義はまことに重大じゅうだいとして

いっしゅう法要ほうようこそ顕正会の全幹部がせんせいが熱願された国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅうへのちかいを新たにする儀式であり、またそれが同時にせんせいへの最大の報恩ほうおんに相当たる」

どうくださいました。
 かいちょうは、日興にっこう上人しょうにん日目にちもく上人しょうにんだい聖人しょうにんにゅうめつの10月13日を夢寐むびにも忘れ給わなかったことについて

日興にっこう上人しょうにん書写しょしゃ本尊ほんぞんの日付のほとんどが10月13日となっており、また日目にちもく上人しょうにんが最後に書写しょしゃされた本尊ほんぞんの日付も10月13日になっているせきを示された上で、日興にっこう上人しょうにん日目にちもく上人しょうにんだい聖人しょうにんさま葬送そうそうの時に固められた遺命ゆいめい成就へのちかいは、その後の日興にっこう上人しょうにんの身延離山、四十数度のこっ諌暁かんぎょう、日本列島全域へのあのきょうてきな弘通、そして、日目にちもく上人しょうにんの最後の天奏となって顕われている」

とのかつてのせんせいどうを教えてくださいました。
 またせんせいが顕正新聞新年号に「にゅうめつ何年」と毎年記されていたのもだい聖人しょうにんにゅうめつ七百数十年経ってもまだ広宣こうせん流布るふは成らない。だい聖人しょうにんさまに申し訳ない。何としても』とのおもいであられたこときょうくださいました。
 かいちょう「今私はこれらのせんせいどうが強く胸にせまる」としてかくおおせられました。

 「10月13日のたいしき格別かくべつ。私達せんせいの弟子にとって10月16日は夢寐むびにも忘れないだいな日。
 日興にっこう上人しょうにん日目にちもく上人しょうにん葬送そうそうの折の深い悲しみの中に固めたちかいのまま広宣こうせん流布るふを『今日にも明日にも』との大情熱で戦われたことを規範とし、私達は、せんせい逝去せいきょの折の深い悲しみの中に固めた紅涙こうるいちかいを片時も忘れず、毎年10月16日を迎える度に『いませんせいの御念願たるだい聖人しょうにん遺命ゆいめい広宣こうせん流布るふ国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅうが成就していない』申し訳なさをめ『何としても』との一層のけつを固めていくのである。
 ゆえに、私はたいしきせんせいの御命日が重なるこの10月を『顕正会第二の原点の月である』と心に定めている」と。

 このかいちょうの深きお心を拝しては、涙の中に令和5年10月16日を起点として毎年この10月を節目とし、それを指折り数え、いよいよ広宣こうせん流布るふを力強く進めていかんとの熱鉄ねってつとうたいじゅうまんしたものであります。

 かいちょうは、AIの脅威について先月に引き続き立て続けにどうくださいましたが、各国がそのぐんようの優位性を競うようになっている以上、もはや国連こくれんもそれを抑制よくせいすることはできず、同時に、今核保有国が核使用に言及し始めていることには、近き将来、感情を持たないAIによって恐怖の均衡が破られることを想像し、暗澹あんたんたるおもいにられました。
 ことに、米国の重鎮じゅうちん故キッシンジャー元国務長官が昨年5月に「米中対立で今後5年から10年以内に第三次世界大戦が発生する可能性がある」と警告し「その発火点となる危険性がもっとも高いのは台湾たいわん問題もんだいだ」とのかんがえをべていたとうかがっては、身震いをきんませんでした。
 そこに、昨年6,7月法戦ほうせんしゃくぶく成果一覧にせんせいが三百万達成時期について「あと5年以内にすべし」と記されていたことが重なり、何としても一閻いちえんだい大闘諍だいとうじょうまでに三百万を成し、第三度の一国いっこく諌暁かんぎょうに立たんとせんせいの御けつが胸にせまりました。
 ここにかいちょう「今こそ立正安国の大道理をよくよくしんに染めるべき」として重大じゅうだいどうくださいましたが、まさに、第三度の一国いっこく諌暁かんぎょうの序分のどうたましいが震えました。
 かいちょうは、諸天しょてんに申し付けられるだい聖人しょうにんさまの大境界を竜の口と蒙古の責めのだい現証げんしょうをもって示され、さらに国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅうすれば、諸天しょてん善神ぜんじん仏国ぶっこくを厳然と守護する」ことだい聖人しょうにんさまは『りゅうせんもうしじょう』『じゅういんもうしじょう』において日興にっこう上人しょうにん日秀にっしゅう日弁にちべんの名をもってけん使げんごうこころから厳然と記されていることどうくださいました。
 さらに『三大さんだい法抄ほうしょう』にも国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅうによって諸天しょてん日本にっぽんを守護することが示されており、この本仏ほんぶつ究極の大願を知り、お命を賭して立たれたせんせいこそだい聖人しょうにんさまだされたけん使げんごうの大宿縁のお方とうかがっては、大感動だいかんどうで胸がいっぱいとなりました。
 いっしゅう法要ほうようにおいてかいちょうよりおうかがいした、戒壇かいだんだい本尊ほんぞんをお命として守護せんとされたせんせいのお姿、また、もっとも尊いだい聖人しょうにんさまもっとも過酷な極寒の佐渡において三度の冬をお過ごしになられたことしのばれ、眼前にだい聖人しょうにんましますがごとく忠誠ちゅうせいつらぬかれたせんせいのお姿が胸に去来きょらいしては「かかる偉大な師匠に師事しじればこそ、我等ごときが第三次世界大戦から日本にっぽんを、そして世界を救う国立こくりつ戒壇かいだん建立こんりゅうじゅうだいに命を震わせて戦うことができるのだ」おんほうしゃねん尽きぬものであります。
 ここに

「されば、はなかえり、このみつちとどまる」

との金言きんげんを命に刻んでは、我ら直属男子部こそせんせい報恩ほうおんおもいをだいしゃくぶくの色に表わしてまいらんと固くけつするものであります。
 されば、全組織が空前のだいしゃくぶくを残り一月で展開し、もって、霊山りょうぜんよりお見守りくださるせんせいにおこたえしてまいろうではありませんか。


令和6年 10月25日 10月度 総幹部会 浅井会長指導

令和6年 10月27日 10月度 男子部班長会 行成総男子部長指導